第10話 絶対零度
田舎だが伝統ある高校に進学した安楽土 青。
色々あって結局帰宅部に収まり、友だちもできて1年が過ぎようとしていた3学期のある日、いつものように友達の斉藤 高志と購買で買った昼食とともに空き部室に行くと偶然あるものに気づく。
それは表紙全体が薄茶色に変色した大正時代の化学の教科書だった。
何気なく手にとってみると、小さなノートのような切れ端に複雑な化学式のようなものが書き記してある。それをまじまじと見ていた次の瞬間---。
「うむ、やっぱり来たの。待っていたぞよ。」
ゆっくりとした優しい口調で先生が声をかけてくれ、僕は我に返った。
前回もそうだったけどここに来るときは気を失うんだな…。
「先生…でいいですか?来ましたよ。何かが変わる気がしたので。」
「よろしい。殊勝な心がけじゃ。私も君は来ると思っていたよ。まぁなんだね、決めたからには慌てることはない。茶でも飲みながら話すとしようか。おっとと、その前にこのボタンを押しておかないとな。」
先生は教壇の隣の、教諭机にある赤いボタンを押した。
「なんですか今のボタンは?」
「向こうの君の時を止めたんじゃよ。昨日はうっかり忘れておっての、カッカッカ!」
「ボタンなんですか⁉ということは時を止める機械があるということですか?」
「おぉ、もう弾丸質問体制じゃの。まぁええ。機械とはちょっと違うの。正確には向こうに浮遊している君のほんのちょっとの細胞に、あるパルス(信号)を送って活動を停止させたんじゃよ。絶対零度は習ったかえ?」
「えぇ、細胞が完全に活動を停止する温度ですよね。確か-273℃だったかな。でもこの温度にすることは不可能と言われましたけど。」
「-273.15℃じゃ。わしも詳しくはわからんが、どうやらその温度を今から100年前に達成したらしい。と同時にその副産物として時間を止めることができたらしいの。物理や化学ではよくあることじゃ、カッカッカ。
それより安楽土青君、コーヒーと紅茶と、宇治茶と梅茶とレスカならどれがええかの?」
なるほどねぇ。絶対零度の副産物か。とりあえず納得しておこう。僕もまだそんな多くの知識は持っていない。それにしても随分飲み物のバリエーションが多いんだな!しかも最後はレスカときた。ハイカラだ。
「じゃ、じゃあレスカで…。それと僕のことは青でいいです。」
「レスカか!初めてじゃ。作れるかの…」
作るんかい‼もしかして面倒くさいおじいちゃん?
「じゃあ紅茶でいいです…。」
「ホホホ、すまんの。紅茶ならもうできておる。ほれ、そこの棚からティーカップを取りなぁされ。」
教諭机の後ろの棚から2つティーカップを持っていった。
「おぉ、なんと気の利く子じゃ。ありがとう。どれ…、アールグレイじゃ。香りを楽しみながら飲むとええ。」
と言いながらどこから出したのかわからないポットで紅茶を注いでくれた。うん、たしかにいい香りだ。
「先生も紅茶が好きなんですか?」
「わしはコーラじゃ。ほれ見てみい。コーラはいいぞ、さっぱりする。」
コーラがあるんかい‼じゃなんで言わなかったんだ!
「さっき言わなかったじゃないですか!僕もコーラが好きです!」
「いやもうこれで終わりなんじゃ。カッカッカ!」
カッカッカじゃないよ…。
まぁいいや、これからのことを詳しく訊いてみよう。




