第9談
「東王父、西王母、我らが同胞雪玲を連れて参りました」
峰花の声が広い部屋に響く。
ぐるりと周囲を見渡した雪玲は、段差がない部屋の中央に立つ、黒い道衣と天衣を身に纏っているふたりを見つけた。
仙界では衣の色が決められていると、峰花が言っていた。
黒い色を纏うことができるのは、仙界を取りまとめる役目をもつ東王父、西王母だけ。仙人、仙女は白い色を身に纏う。そして今、目の端に映る中には黄色を身に纏うものもいる。彼らは道士と呼ばれる者達で、雪玲と同じ地上から連れて来られた元溢れ者だ。仙人は徒弟制度を大事にしている。溢れ者達はこの崑崙山で、師と出会い、導かれて仙人、仙女となる。
この柱もない広い部屋にいるのは20人ほどだろうか。仙人は基本的に他人に興味がない。自分の道を極めることだけが、彼らの生きる意味だから当然だろう。
それでも20人ほどいるのは、弟子を取りたいからだろうか。道士も混ざっているのも見ると、ただの暇つぶしかもしれない。
「ようこそ、仙界へ。同胞雪玲よ」
朗々とした声が響き、雪玲は再び前を向く。東王父の声だ。
東王父は蓄えた豊かな髭を撫でている。その姿は老人のような姿だ。だがそれは見せかけだけだと雪玲は思う。曲がっていないまっすぐな背。白髪混じりの髪と眉毛。ニコニコと柔らかい笑みの瞳だが奥に鋭い眼力がある。ここで一番強い仙人だと、雪玲は息をのむ。
「雪玲、仙女が増えて、妾は嬉しく思います」
ぎゅっと上に高く編まれた髪は黒々として美しい。広い額の下にはキリッとした眉毛。瞳は一重で細く、それでいて鋭い。赤く塗られた唇を隠す団扇を持つ手は、ほっそりとしていて爪までも赤く塗られている。上品でありながら、極上の妓女のような佇まいに、雪玲の心臓は跳ね上がる。
だが、この程度で怯む雪玲ではない。そもそも緊張とは無縁だ。妓楼にいる際に妓女と客の中に突然放り出され、踊らされたことなど何度もある。酒を運んでいたら、詩歌を歌へと服の中に銀貨を突っ込まれ、歌わされることなど、日常茶飯事だ。
だから雪玲はとっておきのニコリとした笑みを表情に浮かべる。男を騙す手管は子供の頃から叩き込まれた。
「雪玲と申します。皆様のお仲間になれたこと、心より嬉しく思います」
「おやおや。これは可愛い小姐だ」
かかかと笑う東王父をチラリと見て西王母は極上の笑みを口に浮かべる。周囲を凍らせるようなその笑みに、雪玲の背筋にぞわりと鳥肌が立つ。
「ええ、本当に……可愛らしい小姐ね。あなたはそのまま可愛らしく笑っているのが宜しいわ。話すと、かしましそうですもの」
仙女達の笑い声がサワサワと広い部屋に響く。
雪玲はフハハと笑って誤魔化す。
これはこれは手痛い歓迎だ。どうやら西王母には歓迎されていないようだ。
「この世界は隠と陽。光と闇。昼と夜。男と女。全て2気によって成り立っている。どちらかが欠けても完全にはなれず、どちらかなしでは成立しない。そこで仙人と道士の徒弟制度では女の道士には男の仙人が導くことになる。そこで、雪玲の師は仙人を束ねる儂が決めることとする」
空気を変えるために東王父が言い放った言葉に、雪玲は目を見開く。
男が女を、女が男を導く。なんて淫乱な響き。師弟関係に艶かしい関係がついてくると言うなら雪玲は大歓迎だ。そんなことは知らなかった。知っていたら、もっと早くここに来たかもしれない。
雪玲はパパッと周囲を見回す。
体つきが立派なあの仙人は、実に乱暴な動きで翻弄してくれそうだ。
細い体つきの仙人は、テクニック重視だろうか。それも良い。
更に一見年配に見える仙人は、慣れた手付きで焦らしてくれそうだ。それにはかなり興味がある!
ごくりと唾を飲んで、東王父の次の言葉を待つ。
なんだかんだ周囲を見回しても、一番絶倫そうなのは東王父だ!なんだったらあなたが良い!
「雪玲の師は泰然。泰然はこれにより、罪を赦す事とする」
「泰然……」
周囲のざわめく理由が分からず、雪玲は目をまたたく。
どうやらここにはいないらしい。それどころか……どうやら罪人らしい。
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