第8談
峰花が作り出した5色の雲に乗り、雪玲は仙界へと辿り着いた。
峰花が作り出した雲は委蛇が作った雲より速く、大きかった。
雲に乗れることを仙女達は驚かなかった。西王母に話を聞いていたという。
天に住う種族は二つある。
神仙と呼ばれる神々が集う天界。
仙人と呼ばれる者達が集う仙界。
神仙を神々と言うのは彼らが大地に住まう人々を安寧へと導き、時に厳しい罰を与えるからだ。彼らは仙人より地上に近しく、人々の願いを聞き、たまに地上に降り立ち、願いを叶えるという。
神々を取りまとめるのは元始天尊と、霊宝天尊、道徳天尊の三柱で、通称三清と呼ばれている。
神仙と違い、仙人は人の願いは叶えない。彼らは純粋に己の技を磨き、道を探す。仙人が地上に降り立つのは自分のため。もしくは仙界を取りまとめる東王父、西王母より命を受けた時だけだ。
仙人を取りまとめるのが東王父、仙女を取りまとめるのが西王母の役目だ。
彼らは気が向いた時に地上を観察する。それは人々のためではなく、人に生まれながら仙人の力を持つもの、所謂溢れ者を探し出すためだ。
溢れ者を見つけた時に、男性であったら仙人が、女性であったら仙女が迎えにいくのが通例だ。
だから溢れ者である雪玲を迎えに仙女が行くのはまちがいない。だが峰花は仙界でも指折りの仙女であり、その経歴も華やかだ。なぜこれほどの天女が迎えにいくことになったのか、追随した仙女達は不思議で仕方ない。そもそも溢れ者を迎えにいくのは、ひとりで行くことが多い。それなのに、今回は3人。雪玲という名の溢れ者がどれだけの人物かとワクワクしていたのだが、会ってみれば可愛らしい笑顔の女の子でしかない。強いて言えば、溢れ者とは思えないほど、存在が薄いのだが、育った場所は妓楼だ。息を殺すように育ってきたのだろうと、納得した。
そんな仙女達の思惑も知らず、雪玲は慣れた様子で周囲を観察する。
雲の遥か上、更に昇っていくと雲の上に立つ山々が見えた。仙人は雲の上の山に家を持つと聞いていた。こうして改めて見ると変な景色だと、雪玲は、気付かれない様にため息をつく。
もうすぐで15歳。15歳になれば客を取れた。待っていためくりめく堪能の世界が閉ざされ、これからは道を探すとか言う訳の分からない世界が待っている。
これが嫌だったから、極力目立たない様にしていたのに……、唇を尖らせると、あのバカ蛇を思い出す。こんなことになるんだったら、あの死体を売って、逃走すれば良かった。
ふうっとため息をついても変わらない。うだうだ悩んでも逃げる術もない。
そうしているうちに、ひときわ大きい山が見えた。高さもさる事ながら、周囲を圧倒するほどの大きさだ。
峰花の雲がその裾野に近付いたので、雪玲はぴょんと降り立つ。山に門はない。表札すらない。
山の頂上を見上げながら、足の赴くままに歩き出すと、後ろから声がかかった。
「雪玲?入り口をご存知なの?」
くぐもった女性らしい声の主の方を振り向く。
「峰花……様、いいえ?知りませんよ?」
「そう?でも貴方が行こうとしている道は、古参の仙女しか知らない道よ?」
雪玲はこれから東王父と西王母へ挨拶へ行くことは聞いていた。ここが仙界の中心にある崑崙山だということも教えてもらった。
崑崙山の麓には白い雲があり、まるで山を支えている様に見える。
切り立った崑崙山には門はおろか扉もなく、周囲を決められた通りに歩くと扉が開かれ、中へと入ることができることも聞いていた。だから峰花の後ろを歩く様に言われていた……。
「知らないですよ。そもそも初めて来たんだし……偶然でしょう?」
「そんなことも……そうね。あるかも知れないわね。ではその道を使いましょう」
ふわりと空を飛び、峰花は雪玲を飛び越し、前に降り立った。雪玲の左右を仙女たちが囲む。
どうやら危険人物だと思われたようだ。本当に偶然なのに……そう思いながら雪玲は峰花の後ろを歩く。
本当に偶然なのか、それは雪玲にも分からない。だがこの景色を見たことがある気がする。この清廉とした空気を、嗅いだことがある気がする。
苦々しい思いで、この道を歩いた気さえするから不思議だ。
だが変わらない思いがここにはある。一刻も早く逃げ出さなければ……その焦る気持ちだけは同じ。良く分からない郷愁の念に囚われながら雪玲は歩く。するとその先に、大きく開かれていく扉が現れた。