終演
「万姫……さま?」
泰然は首を傾げる。弟子であったものが敬愛する師だったのだ。なんと声をかけるのが正解か分からない。
だが身体を起こした雪玲はその言葉に憤慨する。
「あたしは雪玲なの!かつて万姫だったけど、今は雪玲!泰然の弟子で、翠蘭姐姐の妹分!『様』とかやめて!」
プリプリ怒る雪玲に泰然はどう答えれば正解か分からない。だけど言うべきことはある。
「助けてくれて……ありがとう」
「それはこちらの台詞だよ!あたしを庇ってくれたんだもの!弟子のあたしが助けるのは当たり前!それよりも聞きたいことがあるんだけど」
「あ、ああ――なんだ?」
「師匠を成長させる時に、ナニがデカくなる様に想像したんだけど……どう?前よりデカくなった?」
「――――――」
半眼した泰然は拳を握りしめる
「――――っ!痛い!ぐーは酷い!痛いよ、ばかぁ!頭がへこんだらどうすんだよ!」
「そしたら治してやる!まったく、全然成長が見られない!お前の頭の中がどうなってるのか、気になって仕方ない!」
「べーっだ。師匠の石頭ー、教えてくれたって良いじゃないかぁ」
舌を出した雪玲の頭をグッと掴もうとする泰然を、峰花が止める。
「無事で良かったわ……雪玲」
ふわりと笑う峰花は、少し悩んだが雪玲の気持ちを察したようだ。雪玲と呼ばれたいと初めから言っていた。それを思い出す。
雪玲は部屋を改めてぐるりと見回す。
「えっと、斉天大聖様に峰花様、師匠と……うーん」
雪玲の視線の先にいるのは西王母だ。ふたりの時は美月の呼んできた。でも今はできない。
「西王母様!あたしのために集まってくれて、感謝です!雪玲はすっかり元気です」
にへへと笑うと、皆も笑ってくれた。
「今回は大活躍だったな!」
斉天大聖は全てを呑み込み、いつもの様に笑う。どうやら一緒に戦った神仙達には緘口令を敷いたらしい。もちろん、上役の三清には伝えたようだが、それでも雪玲が万姫の生まれ変わりだということは、秘匿してくれるようだ。
「雪玲は三日も寝込んでいたのよ」
峰花はそっと雪玲の頬を撫でてくれた。峰花は雪玲に付きっきりで看病してくれたらしい。言いたいことも、聞きたいことも全て呑み込み、いつもと変わらない態度で接してくれる。
「…………」
西王母はそっと壁際に佇んでいる。彼女とは夢の中で話した。誰よりも雪玲のことを分かってくれる親友。その立ち位置は変わらない。
「坊主の霊は、冥府へと渡した」
泰然は仙界での事後処理を全て引き受けてくれたそうだ。
そして雪玲が万姫の生まれ変わりだと知っているのは、仙界でも4人だけ。ここにいる仲間と、そして東王父だけだそうだ。
恵まれている……そう思うとやはりここに来れて良かったと雪玲は思う。ここに翠蘭がいれば、もっと良いのに……とは思うがそれは仕方ないことだ。
西王母が自分にしてくれたように、翠蘭を見守ろうと、雪玲は心に決めている。
「……そう言えば、師匠はあたしの山を焼いたんだよね?」
「ああ、なんだか、ややこしいな。お前と言うか……万姫様の山だな」
「部屋の中、見た?」
「……いや、見ていない」
泰然は雪玲をじっと見る。
嫌な予感がする。だが消し炭になるほどの業火で焼いたのだ。いくら万姫と言えど、戻せる筈がない。
そう考えているのは泰然だけでなく、西王母も同じだ。いくら規格外な万姫と言えど、戻せる筈がない。万姫の山を雪玲が戻してしまったら、雪玲が万姫の生まれ変わりだとういうことが発覚してしまう。それはまだ良い。問題は万姫の部屋の中だ。あれを他人に……万姫を尊敬している峰花に、万姫のことを誤解している斉天大聖に、神界、仙界全ての住人の知られるわけにはいかない。
「そうかぁ、せっかく集めた秘蔵の書なのに、師匠は見てないんだ」
雪玲はため息をつく。
「戻してみようかなぁ。できるかな?……いや、できるな!」
寝台から立ち上がる雪玲の肩を、泰然が慌てて掴む。
「ばかか!お前が万姫様だったと言うことに気付かれるぞ!やめろ!」
「えー、別に良いじゃん。お師匠様は万姫に頼まれてやったんだよ。濡れ衣着せられてんだから、ここで復活させれば汚名返上になるし……それにあたしも見たいし!やっぱ、昔の記憶だから、はっきり覚えてないんだよねー」
するりと泰然の手から逃れ、雪玲は指を鳴らす。すると部屋にいた全員が泰然の山の頂に移動した。
「は?なんだこれは⁉︎なにが起きた?どんな術だ!」
焦る斉天大聖には、西王母が応える。
「アレの術に理屈はいらないわ。基本は『願えば叶う』だから」
「どんな理屈だ!」
がーっと叫ぶ、斉天大聖を無視して、雪玲は指を立て続けに鳴らす。
「おいでませ――違うな――復活?おお、復活、もどりませ〜、あたしのお山、万姫のお山、お宝ザクザク、ワクワク、ホイホイ!」
「し……雪玲、何で歌っているの?そしてこの大気を揺らすような、音をなに⁉︎」
峰花の叫び声にも、西王母が応える。
「ああ、そうだったわね。昔は術を使うたびに歌っていたわね。師匠に怒られてやめたけど」
眉間に青筋を立てながら、西王母は声をあげる。
「万姫――じゃない、雪玲やめなさい!秘密にするって約束したでしょう⁉︎」
雪玲は聞こえないふりをする。昔の自分と違うのだ。趣味を明らかにして何が悪い!
泰然は焦っている。実は泰然は万姫の山を焼く前に部屋の中に入っていた。山を焼くように言われたが、そこは師と過ごした思い出深い棲家でもある。そう簡単に燃やせるものではない。思い出を噛みしめながら部屋を見ていると、万姫に入ってはいけないと言われた部屋があった。もし、ここに仙界にとって大事な秘伝書や研究書があれば、やはり焼くことはできないと思いつき、意を決して部屋に入った。そして入って決意した。燃やそうと。跡形もなく、誰にも見られることなく、燃やし尽くそうと決意した。
だから燃やしたのだ。自分の恋心と共に。
その結果、神仙に疎まれ死んだとしても、悔いはないと思いながら。そこまでしたのに、ここで明らかになっては意味がない!一歩前に出て、止めようと手を伸ばしたところで、雪玲が振り返った。眉が下がり、さらに涙目だ。
「…………師匠……なんでかなぁ、できない」
「そ――そうか、良か……じゃない。残念だったな」
「なんでかな?なんか途中まで、ぐぐぐって来たんだけど、ぷしゅーって抜けちゃった感じ」
「ああ、それは力が足りないんだ。要は修行不足ってことだな」
「むむむ、そういうことか。残念、師匠に見せたかったのに」
あーあ、と残念そうに声を漏らす雪玲の頭を撫でながら、泰然はそっと西王母を見る。
雪玲が万姫の山を戻す術を阻止する術を作ろう。
ふたりは無言で会話する。
こうして万姫の秘密は一旦は守られた。
雪玲が解脱し、仙女になるのはまだ先の様だ。
―終演―
思ったより文字数が増えた雪玲伝が無事に終わりました!
ネット小説大賞様に感想頂けた作品なので、嬉しかったです。
万姫の山を復活させるか否か、万姫の過去を話の中でちょこちょこ出すかどうか悩んだ作品でしたが、これで良かったのかな?いつも悩みます。書くって難しい。
雪玲伝はここで終わりですが、他の作品も読んで頂ける幸いです。
次は聖女なのに書かないと!