第61談
真っ白に包まれた世界で雪玲は胡座をかいて、ぽつんとただひとりいる。
キョロキョロと周囲を見ていると、懐かしい友人がふわりと姿を現した。
「久しぶり!美月」
「やはり思い出したのね、万姫」
雪玲は頬を膨らませる。
「万姫はやめてよ!雪玲って立派な名前があるんだから!」
「ああ、やはり今の人生が気に入っているのね」
誰にも見せないような柔らかい笑みを見せる西王母は美しい。優しい眼差しは思慕の念を湛えている。
「美月があたしの正体を仙界にも天界にもバレない様にしてくれてたんだね!ありがと」
「良いのよ。だけど妖怪との立ち回りは不味かったわね。斉天大聖に見られてしまったから、仕方なくその前の日に東王父が見つけたことにしてもらったのよ」
「あ――あれは、仕方ないよね。東王父にもあとで謝らなきゃ」
「良いのよ。他ならぬ、あなたためですもの。妾も東王父も喜んでやっているのよ」
雪玲はトンっと音を立てて立ち上がる。西王母に近づき、抱きつこうとしたら逃げられた。
「まったく、変わらないわね……」
唇を尖らせて雪玲は西王母を睨む。
さすが古き友。何をされるか良く分かっている。
「万姫の後は……蝉だったわね?」
「そうそう!土から這い出て、木に登って頑張って羽化して、これからだ!って時に、鳥に食われた」
はぁっと大袈裟にため息をつく雪玲に近付き、西王母はそっと頭を撫でる。
「次は亀だったかしら?海亀よね?」
「そうだよ!亀は千年生きるって言うでしょ?卵から孵って、砂浜を這いながらブイブイ言わすぜ〜って思ったら、海に辿り着けずに鳥に食われた」
「そうだったわね。確か次は……」
「鳥だよ!鳥!巣立ちして、繁殖期に入って、これからだ!って思ってたら、猟師に狩られて食われた」
「次は……人間だったわね?」
「そう!人間だった!しかも美少女!これはイケると思ったよね!」
「でも、両親の窮地を救って生き神様にされたのよね?」
「そうなんだよー。人生は全うできたけど、一生、幽閉されたね。生き神様辛かった〜」
わーんと嘆く雪玲の表情の豊かさに、西王母は笑みを漏らす。
「色々なものになったけど……今が一番、幸せ?」
「そうだね、どの生き物になっても精一杯生きたよ。楽しかったこともあった。辛いこともあった。でも一番辛かったのは、やっぱり万姫の人生だった。皆からそっと避けられるのは辛かった。例えそれが悪意からではないと分かっていても、人は誰かと関わり合いたいものだからね。笑い合い、冗談を言える、怒ってもらえる、そんな当たり前のことができないのは、やっぱり辛いよ」
西王母の寂しそうな視線に気がついた雪玲は、改めて、西王母に抱きつく。久しぶりの彼女の匂い。やはり大好きだ。
「でも、万姫の時に美月と泰然に出会えたのは奇跡的な幸せだよ。見守ってくれてありがとう……。戻ってきたよ」
西王母も雪玲を抱きしめる。
「お帰りなさい。そして、雪玲、目覚めなさい。皆が待っているわ」
「…………待ってる」
雪玲は目を開ける。すると天井に陰陽の模様が見えた。
自分の部屋だ。
続いて周囲を見回すと心配そうな顔でこちらを見る師匠が目に入った。
今日終わります




