第6談
「貴様!なぜ、雲に乗れる⁉︎」
委蛇の戸惑う声が、紺色の闇夜に響く。大きな月が3人の行く末を導くように照らし出す。
「はぁ?あたしが善良な心の持ち主だからじゃない?」
とは言いつつも雪玲は内心焦っている。
人は雲に乗れない、これは常識だ。雲に乗れるのは妖力を持つ妖怪。もしくは人を捨て、解脱した仙人や神仙のみだ。
翠蘭を救いたいために、考えなしに一歩飛び出したのを一瞬後悔した雪玲だったが、委蛇が作り出した雲に乗れたのは自分でも驚いた。自分は間違いなく人間のはずなのに……。
いや、今は考えちゃダメだ。やるべきことをやるのみ!
覚悟を決めて雪玲は拳を握る。棍はさっき、委蛇の攻撃を受けた時に手放してしまった。となると武器は自分の体のみ!
意外に安定している雲を走り、動揺している委蛇の身体に足払いをする。ぎゃっと悲鳴をあげて、身体をくねらせた委蛇の顔が近くまで来たのを良いことに、長い牙を掴む。
「――っ!!」
牙は毒を持っている。焼けた手の臭いを不快に思いながら、思いっきり引っ張ると、牙が根元からバキンっと音を立てて折れた。
委蛇の悲鳴が上がる。血飛沫が飛び散り、雪玲の顔を血色に染める。
幸いなことに痛みは感じない。残虐な何かが、心を、身体を、支配する。
自分はできる。以前とは違う能力を手に入れた。もう、弱い体はない。
「――くっ……はは、ハハハハ、無様な蛇め!」
できると念じれば、それはいとも容易く可能にする。浮くと思えば、浮く。治ると思えば、治る。そして切れると思えば、切れる!
うねる委蛇の身体を、体勢を低くすることによりくぐり、尻尾に近づく。そこには翠蘭がいる。驚いた表情をしているが、その目に雪玲を忌避する色は見えない。こんな化け物じみた自分にも、彼女は愛情を見せてくれる。
手刀でスパッと尻尾を切り落とすと、翠蘭が天女のようにふわりと降りてきた。横抱きで受け止める雪玲に向かって、いつもの変わらない笑みを届けてくれる。
「あとは任せたわよ。雪玲」
「あいよ!姐姐」
尻尾を切られる痛みと、歯を抜かれた痛みで声を上げる委蛇は、更に愛する人を奪われた心の痛みで、雄叫びにも似た悲鳴を上げる。
「渡せ!それは俺の女だ!俺の側で歌を歌い続けてもらうんだ!」
目からは血、口からも血、尾からも血を溢れさせながら、委蛇は翠蘭を見る。身体中が痛い。だが、委蛇の最大の痛みは心の痛みだ。愛する人を奪われた痛み。
だが、その愛する人は蔑んだ目で委蛇を見る。更に、
「はぁ?あんた誰?私はあんたなんかと行かないわよ。バカじゃないの?」
「翠蘭姐姐は金がない男には冷たいんだ!顔は美人だけど性格が激悪るなんだから、諦めろ。ばーか。ばーか」
「雪玲?死にたいの?」
「翠蘭姐姐になら、殺されても良い、からの〜」
雪玲の腕から大きな風の刃が迸る。
スパンと、真っ二つに別れた委蛇の体が、左右にぐらりと離れていく。その両目には涙が光る。
「あ!!やべ!」
「な!?何やってんの!雪玲!」
委蛇が死んだと同時に雲が消える。雲は委蛇が作り出していたから当然と言えば、当然だ。
高さは5階建ての建物以上の高さ。お月様がよく見える。
ヒューっと落ちていく中、翠蘭は雪玲にしがみ付き、悲鳴を上げる。
「雪玲!このばか!死んだら化けて出てやる!」
「姐姐と一緒に死ねるなら、最上級の幸せだね」
「バカじゃないの!なんとかしなさいよ!」
「あいよ〜」
やろうと思えばなんでできることが、雪玲には理解できた。だが、雲はまだ作れない。それはまだまだできないらしい。
ヒューっと降りながら、狙いを定める。場所は一箇所。よそ様に迷惑をかけるわけにはいかない。そして年季が明けていない自分たちはそこから逃げることはできない。例え、簡単に逃げる力を持っていたとしてもだ!
ダダン!と地響きたてて降り立つと、一瞬だけ建物が揺れた気がした。そしてせっかく治したであろう白い玉座砂利の敷き詰められた庭が、雪玲の力により更に凹む。さながら、隕石が降ちた大地のように。
「……い……生きてる」
翠蘭の声が震えている。それでも気絶しなかっただけ、たいしたものだ。
翠蘭をゆっくりと地面に降ろし、雪玲はニヤリと笑う。
「一件落着!」
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