第59談
油断したわけではなかった。結局は美月の言うとおり。私の身体が弱かったのだろう。
泰然を助けに来たまでは良かった。妖怪達は私の姿を見て、動きが止まったし、十耳魔王すら無効化できた。この容姿に初めて感謝したくらいだ。
だけど私の弱い身体は地上の空気と、妖気に侵され、一気に病魔が広がる。
どれほど仙女としての術に研鑽を重ねようと、どれほど身体を丈夫にしようと努力しようと、奇跡的な効き目の丹を作ろうと変わらなかった弱い身体。助けにきた筈なのに、苦痛から身体が悲鳴を上げる。
隙をついて攻撃してきた十耳魔王は悪くない。彼だとて自分を守るために必死なのだろう。でも、私は私の愛する子のために、最後の力を振り絞る!
泰然を助けるために、周囲の妖怪を殺そうと術を放つ。でも私を支えようとしてくれる泰然は巻き込まない。あなたは私の大事な弟子。最愛の子供。
妖怪には良く切れる刃を、そして優しい我が子には祝福の花びらを。これから先の彼の未来を華々しく飾る様な。
私は十耳魔王の術で身体が還っていく。仙女から人へ、そして子供へ!
ああ……これで死ねる……そう思うと、嬉しさから心が躍る。
ごめんなさい、美月……。
戻れそうにない……。
その時、泰然と目が合った。
泣きそうな顔、辛そうな顔、自責の念、そして悲哀と憤怒が混ざり始めた表情
このままでは、泰然の陰陽のバランスが乱れ、妖怪と化してしまうかもしれない。
それは駄目だ!
このままでは、泰然が生きる意味を見失い、自分で自分を殺してしまう。
それはもっと駄目だ‼︎
このままでは、泰然の今後の人生に彩りがなくなってしまう。そんな顔をさせたいわけじゃない。そんな風に生きて欲しくないのに!あなたにはもっと、輝いてほしい。思うままに生きて欲しい。人々を助け、弟子を導き、そしてできるなら、私には叶わない夢を!
最後の力を振り絞って、生きようと努力する。
十耳魔王の術を解呪しようとしてもできなかった。仙力の問題ではない。できないのだ。そして他の術を使うには、私は逆成長しすぎた。力が足りない。もう、戻ることができない……。
泰然に最後の力を振り絞り、言葉を伝える。
今必要なのは、他でもない彼を生かす言葉。
「お願いどうか……わたくしの山を焼いて……」
師の山を焼けと言うなんて、ひどいことを言う。でも今はあなたに使命を与えることが必要。あの秘密の部屋を人には見せることはできないのだから。
あなたはあの部屋を見て、どう思うかしら?私を軽蔑するかしら?呆れるかしら?それとも、ほんの少しでも私に理解を示してくれるかしら?
「そんな……いやです、無理です……私には、万姫様……」
泰然の涙が私の頬に落ちる。温かい涙を落とす瞳は、男らしくなった。だけど子供の頃から変わらず純粋で優しい。
今を乗り越えれば、きっと、美月が、斉天大聖があなたを助けてくれるでしょう。きっと、導いてくれるはず。
「お願いね……」
―生きて……―
書いて、確認して、投稿します。