第58談
子供の存在を隠すように術をかけて、3年ほど経った。今日も子供は元気だ。
「今日の獲物は猪ね……すごいわ」
ついつい褒め言葉が漏れてしまうほど、私はあの子のことを見ている。最近は趣味の書物も読んでいない。それだけ飽きずに見ていられる。
ずっと子供を見ていると、まるで自分があの子の母親のような気分になる。
「わたくしが産んだわけではないのに、ね」
子供は猪を手まりの様に空に放り投げている。まだ3歳なのに、これだけ戦う力があると言うことは、武の力が強いと言うことだろう。周囲への気配りも良い。更に優しい良い子だ。
「この子は……仙界より神界で育った方が良いのかも知れないわ」
仙界は己の力を極めるために生きている。だけど神界は違う。人々を助けることができる。
「でも、そうすると、あなたの成長を見守れないのね……」
この子を隠すことが難しくなっているのは事実だ。仙界と神界は術で誤魔化せても、人の口は止められない。噂が広まり、曜国の皇族にも耳に入った。いわく、武に優れた逸れ者がいると。
このままでは曜国の武将として祭り上げられてしまうだろう。親と村人を人質にされ。
「報告する時が来たと言うわけね」
ずっと成長する姿を見続けてきたのだ。できればこのまま見守りたい。その程度は許されるのではないだろうか。
「私の弟子にして……そして……例えば神界の誰かに武術を習わせたらどうかしら……」
身体が弱いと、皆に知られている私だからこそ、できる方法だ。
「例えば……斉天大聖とか?」
天界切っての好色な神。一度会ってみたいと思っていた。
思い立ったら全てがうまく行く気がしてくる。
だから私は立ち上がる。この愛おしい子を守るために。
◇
「止めないで!美月‼︎」
十耳魔王に捕まった泰然を助けに行こうとする私を、美月が止める。
手を引く彼女を振り解こうとするが、非力な自分には難しい。足を突っ張っても、指を剥がそうとしても、彼女の拘束から逃れることはできない。
「待ちなさい、万姫!あなたは確かに十耳魔王の結界の中に入れるでしょうけど、あの凶悪な妖気が漂う場所では息をするのも難しいはずよ!解脱を果たして仙女になっても、あなたの身体は弱いままなのよ!地上に降りる事ですら難しいあなたが、そんなところに行っては、どうなってしまうか分からないわ!仙女であろうとも、絶対に死なないわけではないのよ!」
「分かっているわ!わたくしの身体が弱い事も、地上に降りたら危ないことも、仙女が死ぬことがあることも全て分かっているわ。でも泰然が酷い目にあっているのよ!これ以上は耐えれないわ」
「では泰然を助けることで、あなたが死んでしまったり、陰陽のバランスを崩して妖怪になってしまったら、あの子はどうなるの?あなたは泰然を助けて満足かもしれないわ。でもその後、あの子は生きる意味を見失ってしまうわ!あの子が、あなたをどんな目で見ているか――分からない筈がないでしょう?」
美月の言いたい事は良く分かっている。最近の泰然から感じる視線は、師弟の尊敬の眼差しではなく、親子の情でもない。純粋な男女の好意の視線。我が子のように思っている子すら惑わすこの容姿がどれだけ憎いか――きっと誰にも分からない。
「それは助けない理由にはならないわ。弟子であり、我が子の様な存在が苦しめられているのよ。助けを求めているのよ。それを無視してしまったら、わたくしはわたくしでいられないわ。お願いよ、美月……行かせて」
必死に懇願すると、さすがの美月も折れてくれた。美月だって同胞を助けたいのだ。それはきっと人のことに無関心と言われている仙界の住民の誰もが同じ思いなのだろう。確実にあの結界を擦り抜ける手筈が整わないだけ。それだけで誰もが手をこまねいている。でも、私はできる。
「分かったわ、ただし戻ってきなさい。あなたは妾にとっての唯一の大事な親友なのだから」
「ええ、戻るわ。わたくしは何があっってもあなたの元へ戻ってみせるわ」
「――っ、約束よ」
友の目の端に光る涙を見逃すほど、私は鈍感ではない。彼女の涙を指で拭い、強く、強く抱きしめる。
「ええ……絶対にもどるわ。だから――見守っていてね」
いつ、いつまでも……。
2話では終わりませんでした。
でも明日までに終わります!
よろしくお願いします




