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第57談

「師匠――――――――!」

雪玲(シューリン)の悲痛な声が泰然(タイラン)の耳に届く。


泰然(タイラン)は稲妻のように、蛇のように自分を締め上げる術の隙間から、必死で十耳(ジュウジ)魔王を見る。やつは再び術を発動としている。二度目の術は使わせないと、最後の力を振り絞って双刀を操る。


末期の力は素晴らしい。千に分裂した双刀が十耳(ジュウジ)魔王を次々と刺していく。きっとやつはもう終わりだ。そして自分も……。


「師匠!嫌だ!!嫌だーーー!師匠!!」


雪玲(シューリン)は叫ぶ。泰然(タイラン)の身体は小さくなっていく。自分を庇っていた大きな背に手が回るようになり、更に子供のように小さくなる。


峰花(フォンファ)が助けようとして、慌てて術をかける。だが効き目がないようだ。斉天大聖も空を駆け近いてきた。だけどきっと無駄だ。


誰もこの術は解呪できない。仙人を殺す術。解脱した仙人を人に戻し、産まれる前に戻す悪しき術。このままでは師が、泰然(タイラン)が死んでしまう!


自分を導いてくれる存在。どんなことを言っても、何をしても見捨てないでくれた。追いかけてくれた。


大事な師、優しい人、強い人、守ってくれた人、愛おしい子、自分が守った大事な大事な子!そんな人を死なせるわけにはいかない!


そう思った時、雪玲(シューリン)の頭の中のなにかが、ブツンと音を立てて切れた。




◇◇




書物に囲まれた自分は不意に宙を見る。するとそこに優しい光を纏って、唯一の友が姿を現した。


万姫(ワンチェン)……妾が西王母に決まったわ」


私は立ち上がる。友が素晴らしい官職につけたことは嬉しいことだ。


「おめでとう、あなたならできるわ。美月(メイユェ)、あ……もう西王母と呼んだ方が良いの?」


「あなたには美月(メイユェ)と呼ばれたいわ。妾の唯一の親友ですもの」


「それはわたくしに取っても同じ。あなた以外はわたくしと視線すら合わせてくれないもの」


彼女は申し訳なさそうに微笑む。辞めて欲しい。そんな顔をさせたくて言ったわけじゃない。


「それはあなたが美しすぎるからよ。万姫(ワンチェン)


自分の頬をそっと撫でる。すると白い髪が目に入った。ほっそりとした白い指、老婆のような真っ白の髪。そして、病的な細い身体。……好きじゃない。


「見た目の美しさなど皮膚一枚のもの。着物と同じよ。人は心の奥底が輝いてこそ美しいもの」


「この書物に囲まれたあなたが言うと納得するわね」


美月(メイユェ)が周囲をぐるりと見回してため息をつく。私のこの部屋の秘密を知っているのは彼女だけ。他には誰にも言ってない。言えない。


誰もが私を見て清らかな存在だと言うから、言うことができない。


しかも仙女となってもこの弱い身体は変わらなかった。いつまで経っても願いは叶わない。欲は募るばかりだ。死ねないことがここまで苦痛だとは思いもしなかった。


それでも耐えることができているのは彼女のお陰。


「大好きよ。美月(メイユェ)

抱きつこうとしたら、すっと避けられた。相変わらず素早い。


「妾もよ。万姫(ワンチェン)

でも欲しい言葉はくれる。優しい親友のあなたが好き。


私の唯一の友人。私を見てくれる唯一の人。あなたは今の私を見て、きっと喜んでくれているでしょう。



◇◇



唯一の友人のために千里眼を使う。私の千里眼は鋭く、遠くまで見通せる。誰よりも優れている自覚もある。それは私が閉じ込められた存在だから。叶えられない欲を満たそうと、誰よりも努力をしているから。


遥かさきの海に波に逆らい泳ぐ鯨が見えた。波に逆らうのは引っ張られているからだ。泳ぎながら鯨を引っ張るのは一歳に満たない子供。それだけで溢れ者であることの証拠になる。人はこの様な力は持たない。弱い生き物だからだ。


子供は寒村へと辿り着く。母親らしき女性の胸に抱きつき、頭を撫でてとせがんでいる。周囲の人間は歓喜の声をあげ、周囲の村人に配ろうと互いに声を掛け合っている。


溢れ者は良くも悪くも周囲に影響を与える。そして与えられた人間は、その恩恵をもっと受けようと陰に染まる……はずだ。だけどこの子の周りにその姿は見えない。誰しもが明るい笑顔で獲物を分けあろうとしている。


子供が視線を空に移す。見られるわけがないのにドキリとした。


「おっかぁ、空に何かいないか?」


驚いた……子供は私の存在を感じ取っているようだ。鋭い子。きっと良い仙人になるだろう。東王父に教えてあげないと……。


「空には神様たちがいるんだよ。いつか雲に乗ってお前を迎えに来てくださる」


「おらを迎えに?なんで?おらはずっと、おっとうとおっかぁと一緒にいたいよ」


ぐずる子供を母親は慰めている。慰める母親の目に光る涙を、私は見逃せない。母親も子供と離れたくないのだろう。それは損得勘定ではなく、愛情からくる涙だ。


溢れ者は異常だ。人ではあり得ない賢さ。あり得ない力強さ。


それ故に周囲はおろか、親兄弟にも忌避されることが多い。忌避されない場合は最悪だ。囲い込まれ、利用され、蹂躙される。


この子はそのどちらでもないのだろう。とても珍しい状況だ。

戯れに見ていると、泣いていた子供が再び空を見上げた。


「じゃあ、かみさまが雲に乗って来たら、おらがやっつけてやるよ。そんで雲はおかぁにやるよ!」


「雲なんてもらっても、私は乗れないよ」


「じゃあ、食えば良いだろう?どんな味かな?うまいかな?」


泰然(タイラン)ったら」


ふたりとも楽しそうだ。そして周囲の人々も笑っている。東王父や西王母に言うのは辞めておこう。もう少し……もう少し見守りたい。

残り2話…かな?

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