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第56談

痛みも過ぎると快感にも思えてくる。もとより痛みを感じることはないのだが……。


そう思いながら十耳(ジュウジ)魔王は攻撃を受け続ける。


生きる意味はどこにあるのだろう。誰からも愛されない存在。心から欲した相手には、別に想う相手がいた。身体を奪っても心は手に入らない。覗いた記憶が醜かったら良かったのに、彼女の心は澄み渡る湖のように清らかだった。


こんな自分は死んだ方が良いのだろう……そう想うと心が穏やかになっていく。攻撃をしてくる相手に恨みすら抱かない。


《そうだとも……お前は優しい子だからね》


昔聴いた声が聞こえる。血を這うような低い声。


《お前は私の生きる支えだったのだよ》


更に身体を撫でる気配までする。骨の浮いたゴツゴツした手。彼の膝に乗って撫でてもらうのが大好きだった。


《寒い日は一緒に眠ったね。お前は温かった。それはお前の心が温かったからだよ》


ぎゅっと抱きしめられる感触がする。わら布団の中で一緒に寝る時間が至福の時だった。この人のためなら、死ぬことすら厭わないと思っていたのに。


《私が先に死んで寂しい思いをさせてしまったね。しかも私は間違ったことを教えてしまった》


耳をパタパタと動かす。いつも読経を聞いていた耳だ。坊主の横で意味の分からない読経を聞くのが大好きだった。意味が分からなくても、それでもその声が、響きが、何よりも、坊主自身が好きだった。


《捨身月兎では兎は死なないんだ。兎は自身を投げ出して人を救おうとした善行が認められ、月に召し抱えられるんだよ》


「そう……なのか?」

兎の口から声が出る。十耳(ジュウジ)魔王は紅玉のような赤い目を見開く。すると会いたくて、仕方なかった存在の腕の中にいる自分に気がついた。


《そうだよ。翠蘭(スイラン)が言っていただろう?兎は仲間だと。きっと一緒に月に住む仲間だと言いたかったのだろね》


翠蘭(スイラン)がいた妓楼の名は嫦娥の盃。嫦娥は月に住むという仙女の名前。となると、兎である自分は翠蘭(スイラン)という女神に召し抱えられた下僕だ。


《だからね、このまま一緒に冥府へ行こう。お前は悪いことをいっぱいしたから、きっと地獄に堕ちるだろう。だけどその罪は私の罪でもある。だから一緒に罪を背負うよ》


この坊主は何を言っているのか――!罪は自分だけのもの。犯した罪はひとりで背負うものだ。


翠蘭(スイラン)は冥府にいるよ。行ったら会えるね》


翠蘭(スイラン)……に会うだと?」


会えるわけがない。死体を穢し、愛するものたちも殺そうとしたのだ。こんな自分を翠蘭(スイラン)が許してくれるとは思えない。どこまでも罪深い生き物。それが自分なのだから。


十耳(ジュウジ)魔王の赤い瞳が光る。この世界を拒絶するように。魂の循環を拒否するように。


「きさまの――言うことなど聞かぬ!」


嘆きにも似た咆哮を上げる。獣にも似た呼吸を漏らす。鋭い爪を大地に立てる。世界を絶望に染めるように妖気をたぎらせる。この世に破滅を与えるために……。


その勢いに坊主の霊は飛ばされる。嘆きの声は、十耳(ジュウジ)魔王には届かない。





「おんやぁ〜」


額に手を当て雪玲(シューリン)十耳(ジュウジ)魔王を見る。皆の攻撃を受けて十耳(ジュウジ)魔王は小さくなっていく。巨体は人の大きさに変わり、更に縮んだ今は子供のようだ。それでも神仙達の攻撃は止まらない。


「もう、お終いね……」


峰花(フォンファ)が漏らした言葉に、肯定するかのように空気が揺れる。


「ああ、さすが神界の神仙たちだ。これだけの戦力が揃えば、大妖怪もあっという間に滅んでしまうんだな」


泰然(タイラン)は名残惜しそうに双刀を元に戻した。これではなぶり殺しだ。いくら敵であったとは言え、気分は良くない。


十耳(ジュウジ)魔王に取り込まれてた妖怪達もこれで生まれ変わるかな?」


「そうだな、生まれ変わりは時の運だ。悪事を働こうが善行を行おうが、忖度はない。彼らは純粋な魂となり、地上に戻り、世界を彩るものとなるだろう」


「そっかぁ、まぁ次は真っ当に生きて欲しいもんだ」


雪玲(シューリン)は棍を振り回す。それを器用に避けて、泰然(タイラン)雪玲(シューリン)の頭をむんずと掴む。


「危ないだろう?」


「怒りん坊だな、師匠は!青筋立てんなら、他のモノ勃てろ!」


ほれほれ〜と煽り立てる雪玲(シューリン)泰然(タイラン)峰花(フォンファ)は呆れた思いでため息を漏らす。


この子はどこに行っても変わらない。だけどそれが良いと思いながら。


その時、危険を促す声が聞こえた。


「避けろ!雪玲(シューリン)‼︎」


空に響く声が斉天大聖の声だと思ったのは泰然(タイラン)だ。その顔に、身体に影が落ちる。影を作ったのは自分と同じ姿をしたモノ。他の身体は神仙の攻撃により消滅したのだが、この姿だけは残していたらしい。


「死ね!最も愛されたもの!危険なもの‼︎」


十耳(ジュウジ)魔王の声がやけにゆっくり聞こえる。彼が組む印に、更に上空で踏む韻に見覚えがある。そして奴の視線が誰を捉えているか、誰にこの術を使おうとしているか、それが分かる。


身体は自然に動く。自分のことは考えない。考えられない。自分の命よりも大事なものが、守るべきものが、そこにはいるのだから!


泰然(タイラン)雪玲(シューリン)に覆い被さる。


「師匠?」


自分の瞳に最後に映ったもの、それが雪玲(かわいい弟子)であったのが幸いだと思いながら。

残り3話で終わる予定です(多分)。

この3連休で書く予定です(できたら)。


最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

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