第53談
|戻った雪玲が見たのは、植物によって、身体を締め上げられている泰然だった。
「師匠!」
声をあげたと同時に、棍で十耳魔王を穿つ。だが、棍は十耳魔王に握られて止められた。
キッと睨んで、精一杯の力を込める。対魔の力だ。それを気にすることなく、十耳魔王は笑う。
「修行が足りぬわ!」
だが、それでも十耳魔王の気を逸らすには十分だったのだろう。泰然が自力で植物の呪縛を解き、フッと十耳魔王に息を吹きかける。すると口から大量の水が飛び出て、十耳魔王を襲う。
十耳魔王は雪玲の棍を手放し、印を切り、水をはじく。その隙を逃すまいと、雪玲は棍を繰り出し、下から十耳魔王の顎を狙う。
雪玲の攻撃は顎には当たらなかった。だからそのまま棍を突き出し、今度は頭を狙う。
「雪玲!」
泰然の声が響いたと同時に、雪玲は首根っこを掴まれ、そのまま後ろへと引き摺られた。
「師匠!なんでさ!」
雪玲が怒りの声をあげると、泰然が視線で十耳魔王の足元を見ろと合図をしている。見ると足元は底なし沼のように、ぬかるんでいる。
「あのまま行くと、お前はあれに囚われていたぞ」
「まじっすか!おっかなーい」
子猫のように持たれていた雪玲は床に足をつける。横目で泰然を見ると、気力体力ともに問題ないらしい。ほっと息を撫で下ろす。
だが、それも一瞬だった。一気に溢れ出した十耳魔王の殺気に、雪玲は目を見張る。
「きさま……儂の翠蘭をどうした?」
凄まじい殺気だ。広い廊下の床がミシミシと音を立て、壁はビリビリと揺れている。天井は今にも崩れそうだ。
だがそれに負けじと、呑気に雪玲は声を出す。
「誰があんたの翠蘭姐姐だ。残念ながら姐姐は金のない男と心の狭い男は嫌いなんだよ。あんたみたいに兼ね備えた男なんて相手にしてられないって言って、土に還ったよーだ。ばーかばか!」
「貴様!」
ぐわっと十耳魔王の妖気が広がる。と共に、館の天井が次々と空を舞う。さらに床はグラグラとし今にも壊れそうだ。
「わわわ、師匠!師匠!大変、地震だ、地震!頭隠さなきゃ!」
「お前が焚き付けたんだろうが!」
揺れる地面と次々に倒壊していく建物に慄きながらも、泰然は背後にいる斉天大聖を見る。
「師父!」
斉天大聖はなんとか立ち上がる。峰花の分身が癒してくれているが、まだまだ完全回復には程遠い。
「俺には構うな!なんとかする!」
泰然は頷き、そして再び、自身の双刀を分裂させる。剣で落ちてくる天井を弾きながら、併せて十耳魔王にも攻撃する。だが剣は十耳魔王の元には届かない。まるで見えない壁があるように、止まってしまう。それは十耳魔王が放つ妖気のせいだろう。
十耳魔王の怒りが頂点に達した。邪悪な妖気が一瞬、止まり、そして一気に溢れ出す。攻撃と言っても過言ではない妖気が、雪玲たちに迫る。
泰然は咄嗟に、雪玲を脇に抱え、雲を起こし空を飛ぶ。
降ってくる端材は剣で弾き、十耳魔王の妖気は、自身の仙気を高め、相殺する。
「こんな抱っこのされ方やだ!お姫様抱っこが良い!」と呑気に嘆く、雪玲を無視して、建物の外へと飛び出すと、斉天大聖も峰花の分身とともに外に飛び出たのが見えた。
上から見ると建物が崩壊していく姿が見える。栄華を誇った建物も壊れる時は一瞬だ。土煙をあげ、十耳魔王のいた場所を中心とし、円を描くように破壊されていく。
空にいた神仙たちも、その光景に驚いている。どうやら妖怪のほとんどは倒されたようだ。所詮は烏合の衆の集まり。神仙たちには勝てる筈がなかったのだろう。
その中に唯一いる仙女の峰花が、美しい雲を纏ってやってきた。焦るように斉天大聖の元へ行き、懐から金丹を取り出した。
「念の為と西王母からもらった金丹です。これで魂の損傷も治る筈です」
斉天大聖が金丹を飲み、回復したと同時に、再び十耳魔王の妖気が天へと駆け巡る。神仙たちは当たらないように逃げるが、遅いものは妖気に当たり姿を消す。それを見た神仙達が十耳魔王の妖気から逃げる。神々すら恐れるほど十耳魔王の妖気の奔流は凄まじい。
更に天へと真っ直ぐ登っていた妖気が分裂し、今度は縄のようにうねりながら神仙達に襲い掛かる。ある者は神馬を走らせ、ある者は雲を纏わせ避けていく。
「武器で弾くな!神気で相殺しろ!」
斉天大聖の号令で、神仙達も対応して行く。さすが神界の武神だ。その神気はかなり強い。だが、不幸なことに凄惨な戦いの後だ。神気が弱い者は倒れてしまう。倒れた神仙は、最後の力を振り絞り、そのまま姿を消す。
「師匠!神仙達が消えて行くよ!」
雪玲は泰然に抱えられたままだ。泰然は十耳魔王の攻撃を避け、時に神気を使って弾いている。
「大丈夫だ。死んでいるわけではない。あの様子だと神界に戻っているんだ」
「良かった」
雪玲がひと息ついたのも束の間、妖気が泰然目掛けて渦となって飛んでくる。
泰然は上に飛んで逃げるが、妖気の渦は執拗に追いかけてくる。
舌打ちひとつ落として、泰然は空の上でくるりと回り妖気に立ち向かうように正面を取る。妖気の渦を相殺するように仙気を強める。
「雪玲に任せて!」
言葉と同時に、雪玲は腕につけた髪紐を取る。ぐるぐると回すと髪紐がぐんっと伸びて、妖気の渦をぐるりと取り囲む。
泰然が雲を操り、急降下した。と同時に、雪玲は力を強める。
爆発音が空に響き渡る。雪玲の力が十耳魔王の妖気と自身の仙気を相殺させ、爆発させた証だ。
「お前――!危ないだろう!」
「さすが師匠!言わないでも下に下がってくれた!」
にへへ〜と笑う雪玲は自身の異常さに気がついていない。
泰然は嫌な予感がして咄嗟に下がった。そうでなければ爆発に巻き込まれ、大怪我を負ったのはこちらだ。
「まぁ良い。十耳魔王とは言えど、こんな妖気の爆発はいつまでも続かない。呼吸と一緒でいつか止まる時がくる」
「あいよ〜、そうしたら一気に畳み掛けようね!」
「期待してるぞ!」
ふたりは十耳魔王の妖気を避ける。視線の先に、同じように避ける峰花と斉天大聖が見えた。




