第52談
「やめて!雪玲、痛いわ!」
「うーん、姐姐はそんな風に言わないんだよ。やっぱり外見だけか」
ぴょんぴょんと跳ねて逃げた翠蘭を、雪玲は壁際に追い詰めた。
翠蘭だった物は怯えている。がたがたと震える姿は、姐姐らしくないと、雪玲は息を漏らす。
「姐姐はさ、怖くてもそれを見せないようにするんだよ。それに命乞いもしないよ。あたし相手だと特にね」
男の前で猫被る時にはやるかもね……と心の中で呟いて、雪玲は棍を構える。
「助けてくれないの?私は十耳魔王によって、こんな姿になったのよ。辛いわ」
「あー、それ絶対言わないやつ!」
足に力を込めて、ぶんっと棍を振り、頭を狙う。違うと思っても、やはり身体は翠蘭だ。できれば一発で終わらせたい。
だが、棍は翠蘭の腕で止められた。雪玲の力で腕は焼ける。だがそれに構うことなく、翠蘭は腕を振り抜いた。その勢いに小さい雪玲は飛ばされた。くるくると回って、床にストンと足をつけて翠蘭だったものを見る。腕は雪玲の対魔の力で焼けている。だが致命傷ではないようだ。
「うーん、あれかな?霊力が足りない……のかな?」
ぐるぐる巻きの修行で師匠から言われたことだ。集中して霊力を強めることだ必要だと。
「集中……集中――わっっと」
飛んできた翠蘭が獣のように雪玲を引っ掻く。咄嗟に避けたら床が抉れた。
「なんだよ!こんなの絶対、姐姐じゃないだろ⁉︎って姐姐じゃないんだけどさ!」
叫びながらも上から翠蘭を狙う。狙うのは頭だ。どんな生き物でも頭がなければ生きれない……はずだ!
棍を上段から振り抜くと、翠蘭はくるっと回って避けた。そしてそのまま雪玲に蹴りを喰らわそうとする。雪玲が蹴りを避けると、次に拳が飛んできた。次々と飛んでくる拳を棍で弾く。なんだか直接触らない方が良い気がする。
攻撃を受けながらも、酷い臭いだと、雪玲は思う。顔も体も腐敗している。髪なんて動くたびにハラハラと抜けている。しかも動きは化け物だ。力も強いし、俊敏だ。こんな風に死体を操るのは許せそうにない。
「さっさと還してあげよう!」
声をあげれば、なんでもできる気がする。例えばさきほど師匠が使っていた技など、簡単にできそうだ。
雪玲の腹目掛けて来た蹴りを、棍で遮り、後ろへ飛んで衝撃を逃す。ついでに妄想する。自分の中の土の思い出を。
床にストンと足をつけた雪玲は、両手をパンパンと打ち鳴らし、軽快に踊る。
「へい!!おいでませ!え――っと、子供の頃に姐姐と作った砂の山の墓土バージョン!」
ざざっと翠蘭の周りに土が盛り上がってくる。「ヒッ」と短い声をあげて、迫り来る土を天井へと飛ぶことで翠蘭は逃げる。やはり土が怖いらしい。それにしても飛び方が何かに似ている。
「あ!バッタだ!」
合点がいった雪玲は指を鳴らす。
「雪玲……酷い……わ……ヒッ!」
弱々しい声を出す翠蘭を気に止めず、調子に乗った雪玲は今度は両手で指を鳴らす。
「砂山からの――、土団子攻撃!召し上がれ!美味しいよ!」
雪玲が作り出した土山から、土団子が産まれ、次々と翠蘭目掛けて飛んでいく。調子に乗って踊る雪玲に合わせて、右に、左に、上に、下に、と変幻無罪の飛んでいく土団子に、宙を舞うことで翠蘭は逃げる。
初めの土団子は足を狙って避けられてた。次の土団子は頭を狙って、また避けられた。では、では、と次から次に狙いを定めて送っていく。
「おかわりいっぱいあるよー!偽物姐姐!どんどん、どんどん、食っちゃって!ほら、ほら、ほら、ほら」
シュッと飛ばした土団子は翠蘭の身体を狙って飛んでいき、弾き落とされた。弾いた腕がぼろっと落ちる。還るべきところに還るように。
「キ――キャァァァァ――――!!」
雪玲の身体が一瞬、罪悪感から震える。それでも心を鬼にして攻撃を続けようと、自分で自分を叱咤激励する。きっと今の雪玲の姿を、本物の翠蘭なら褒めてくれるだろう。良くやったと言ってくれる筈だ。
「ほいほい!おかわりのお言葉いただきました!雪玲特製土団子!もっともっと召し上がれ!」
一発当たってしまえばこちらのもんだ。土団子は右肩に、次は左足にと当たっていく。そして身体は土に還る。どんどん当たっていく。そしてその度に床に土が増えていく。床に土が降り積もる。山ができていく。そして、悲鳴は……もう聞こえない。
「………………雪玲」
最後に聞こえた気がした声を、頭を思いっきり振ることで、雪玲は消し去る。最後の言葉は、姐姐の本当の言葉はちゃんと聞いた。いつもの合言葉。ふたりでいつも言っていた、お約束の言葉を最後にちゃんと交わしたのだから。
「……へへ、姐姐褒めてくれるかな?」
言葉の後に嗚咽が続いた。
情けないなんて思わない。大好きだった人を土に還すのは、生きた者の勤めであると同時に、辛いことでもある。
鼻水と一緒に涙も拭って、前を向く。土の山には豪華な着物と、不釣り合いな髪紐が見えた。
「あたしの……」
そういえば師匠が言っていた。これが翠蘭を守っていたのだと。雪玲の髪紐が翠蘭を見つける助けになったのだと。
ぼってりした土から、髪紐を拾い上げた雪玲は自分の手首にはめる。
そして決意を決めて拳を握りしめる。
まだ終わっていない。師匠の元へ行かなければ。十耳魔王を倒すために。
不定期にポツポツと上げていきます。
よろしくお願いします