第51談
泰然は十耳魔王をじっと見る。
相変わらず目を背けたくなるような、醜悪な姿だと思う。自分を罠にかけ、拷問し、姿を映し取った身勝手な妖怪、師である万姫を殺した憎い妖怪。さらに翠蘭を殺し、師である斉天大聖までも手にかけようとしたとなると、憎しみから頭にモヤがかかってくる。心臓が張り裂けそうなほど痛み、さらに自然に歯を噛み締めた事で口の中に血の味が広がる。握りしめた拳からも血が出そうだ。殺してやる……その気持ちが心を縛り、凶悪な自分が目覚める。それではいけないと思いながらも、その感情に心を委ねて何が悪いのかとも思える。あれは、罪深い生き物なのだから。
「うーん、なんかあれだね〜、予想と違って、ちょっとガックリ」
泰然の気持ちを打ち消すように、呑気な声が聞こえる。思わずその主を見ると、口をへの字の曲げている。
「なんかさ、十耳魔王って言うんだから、耳が10本あると思ったんだよ。しかも元は兎ちゃん!顔の周りに10本あるのかな〜、それとも髪の毛みたいに頭上に10本あるのかな〜、それともそれとも予想外に耳から耳が出て5層になってたり!なんて面白おかしく想像してたのに、耳は2本じゃん。ふつう〜、面白くないの!」
「おまえ――、あの見た目を見て良くそんな事が言えるな!気持ち悪いとか思わないのか!」
「ええ〜?それは別に思わないかな。目の種類がいっぱいだなぁ、あんなにバラバラだと見え方が違って見え難くないのかなぁとか、口はいっぱいあるけど、どれが食道に繋がってるのかなぁとかは思うけど、見た目に関しては、あれも個性じゃないかと……」
「……そうか」
雪玲と会話していると、緊迫した空気がなくなり、なんだかどうでも良くなる。心に余裕ができてくる。自分がどれだけ緊張していたかも良く分かる。
「雪玲は、翠蘭だったものを倒せるのか?」
「うーん、あれは姐姐じゃないからなぁ、でも姐姐だったものだし悩むな」
雪玲の声が聞こえたのか、翠蘭だった者は手を広げて、腐った顔に笑みを見せた。
「雪玲……」
「うわわわ!声が姐姐!でも、姐姐じゃない!」
「そうなのか?」
「姐姐はあたしには、ちょいちょいって手招きで呼ぶんだもん。そんでもってあんな笑顔は見せない!気怠げに色気たっぷりで呼ぶんだよ!あの笑顔は、上客の前で良い女ぶりたい時に見せる偽物笑顔だ!似非姐姐だ!許せない!」
「そうか……では、これから十耳魔王と翠蘭だったものを分断する。お前に翠蘭を頼めるか?」
「あいよ!」
雪玲の声は明るい。大丈夫だと信じて、泰然は印を切る。
「五行のひとつ火なの?」
「いや、遺体は土に還るが故に、土を嫌う」
そういえば泰然の性質は土だったと雪玲が考えていると、泰然の足元からボコっと土が盛り上がる。
これはすごいと見ていると、そのまま翠蘭と十耳魔王の元へと、ボコボコと音を立てて、迫っていく。
「これは――墓土か!」
十耳魔王が慌てた様子で叫び、翠蘭だったものを抱いたまま後ろへ飛ぶ。だがそれは罠だった。避けた先には、覆い被さるように土の壁が盛り上がる。さらにその土が十耳魔王の背にザザっとかかる。
恐怖からだろうか、翠蘭だったものは、十耳魔王の懐から逃げ出す。その機会を見逃さず、雪玲は翠蘭の元に走る。棍に退魔の気を宿し、力任せに振ると、翠蘭は両腕で棍を防いだ。雪玲はそのまま目一杯の力で、振り抜く。
翠蘭は飛ばされるように、宙を飛び、そのまま奥に向かって逃げ出した。
「雪玲!深追いするな!」
泰然が叫んだが、もう遅い。雪玲は翠蘭を追いかけて行ってしまった。
その隙を狙って飛んできた十耳魔王の矛を、泰然は剣で受け止める。
「わざと、か?このままではお前の大事なお人形が壊されるぞ?」
「人は情に弱い。あの小娘が姉を殺せるわけがない」
「多数が怖いか!十耳‼︎」
泰然の嘲りに、十耳魔王はニヤリと笑う。
「怖いのはあの小娘だ。儂の姿に恐怖を抱かぬ者を久方ぶりに見た!」
言葉と同時に、十耳魔王はダンと足を強く踏む。すると、地面から勢いよく木が生えた。
「相剋か!」
舌打ちひとつ落として、泰然は宙に漂う剣を操り、木々を切る。
土性質を持つ泰然は木に弱い。まだ五行全てを極めていない泰然の弱点だ。
「今の儂は木だ。さぁ、貴様を肴にした宴を再開せねば……」
ニヤリと笑った十耳魔王の真ん中にある赤い瞳が輝いた。




