第50談
十耳魔王が放つ攻撃を如意金箍棒で弾く。武器が重い。身体が動かし辛い。そしてなぜか身体の再生が効かない。
「ククク、これが儂が最強たる所以。儂は解脱したものにも攻撃を加えることができる……そうだな、さしずめ魂を攻撃しているというのか」
だから十耳魔王は仙人や神仙を殺せるのかと、斉天大聖は息を呑む。肺が重い。呼吸をし辛いと感じたのは何百年ぶりだろうか。
「神気が乱れておるぞ。術の発動もままならないようだ。これが仙界切っての武闘派とは……実に滑稽だと思わないか?なぁ、翠蘭」
翠蘭だった者は、十耳魔王の胸の中に満足げに収まった。だがその身体は限界なのだろう。十耳魔王が頭を撫でたら、髪がごっそり抜けた。それに気が付かず、十耳魔王は笑う。きっともう狂っているのだろう。
「それは翠蘭じゃねーだろ?翠蘭はとっくに成仏して、あの世にいるぜ?」
「貴様に――貴様に翠蘭の何が分かる!これは儂の女だ!永遠に、傍に居続けるおんなだ!」
言葉と共に十耳魔王が妖気を飛ばす。咄嗟に呪を唱えて、防ごうとするがうまく発動しなかった。身体の不調が神気を乱し、術の発動を乱す。
びりびりと身体中を締め付けるような十耳魔王の妖気が、さらに斉天大聖に血を流させる。喉に溜まった血が、口いっぱいに広がり、不覚にも咳をしてしまった。戦闘中に敵から目を離すなどあり得ないことだ。一瞬の隙をつき、十耳魔王の矛が斉天大聖の首を狙う。万事休すか!と思った瞬間、自分の首を守るなにかを感じた。それは水色がかった刃を持つ双刀の剣の片割れ。ついで頭の上をやかましい生き物が飛んでくる。
「やいやいやいやい!師匠の師匠で、さらに翠蘭姐姐の良い人である斉天大聖様に何をするんだ!斉天大聖様はこれから翠蘭姐姐を見つけなきゃいけない人なんだから、殺すんじゃないよ!」
姦しいことこの上ない。だが、自在に棍を操り、十耳魔王を後ろにさげることには成功したらしい。
「師父、大丈夫ですか?」
駆け寄ってきた泰然が、斉天大聖に肩を貸し、安全な場所に避難させる。こんな状態の師を初めてみた。いや、こんな状態にされる神仙を、初めて見たというべきか。
「あいつは、十耳は魂に攻撃を加えることができるらしい。攻撃を……っ、くらうな」
「はい」
斉天大聖の言葉は泰然には納得がいく言葉だ。以前捕まった時もそうだった。やけに十耳魔王の攻撃が重かったのは、そのせいかと納得する。
解脱した神仙、仙人は死なない。重い身体を捨てた彼らには肉体はない。そうなると心の削り合いになる。まさか直接、魂を攻撃できるとは……規格外とはこのことだろう。
「雪玲、一度下がれ!」
泰然は声を張り上げたと同時に、自身の双刀を分裂させ、廊下を埋め尽くすほどの量へと変えた。そして手を使い、刀を操作し、次々と十耳魔王へと攻撃を繰り出す。十耳魔王は自慢の矛で刀を弾き飛ばす。翠蘭をさらに腕の中へと隠しながら。
「チッ」と舌打ちを打って、雪玲は剣戟の中を抜け、師のもとへ戻る。
「雪玲、峰花を呼び出せ!坊主の力で十耳魔王をしばるんだ」
「え?えええ?どうやって峰花様を呼び出すの?乳揉ませてって言えば怒りで来るかな?」
「バカ弟子!お前の頭の髪飾りは何のためについてるんだ!」
「あ!そうか!」
峰花からもらった牡丹の髪飾りに念を込め、名を呼ぶと、小さい峰花が現れた。
「峰花様!たすけてください!瓢箪が必要です」
「雪玲?妾も戦っている最中よ?そもそもどこにいるの?」
「屋敷の中です!」
「……今行くわ!他になにかすべきことがある?」
雪玲はちらっと斉天大聖を見る。
「斉天大聖さまが……」
見える先の斉天大聖は血だらけだ。しかもなぜか回復する傾向が見えない。神仙だったら、すぐに回復しても良いはずなのに……。
「妾を斉天大聖様の元に運びなさい!癒してみせるわ」
こくこくと頷いて、雪玲は峰花の分身を斉天大聖の肩にのせた。
「わりーな、峰花娘娘」
「気にしないで……」
峰花の分身が治療を始めたのを見て、雪玲は泰然の横に並んだ。
「えへへ、師弟で初の悪者退治だね。師匠の初物頂き!」
「お前は馬鹿か。私は師父と何度も妖怪退治に行っているぞ?」
「師匠としては初めてでしょう?それよりもさ、先に翠蘭姐姐だったものをなんとかしたいんだけど?」
「ああ、良いだろう……」
ふたりは改めて十耳魔王に向き合った。




