第48談
「私とともに参りましょう……愛おしい人……」
翠蘭は光のない目で、抑揚のない声で斉天大聖に声をかける。
「それが、本物からだったら大歓迎なんだがな……」
斉天大聖は如意金箍棒を眼前に構え、翠蘭の腐った指から伸びる鋭い爪の攻撃を防いでいる。その力は人とは思えないほどに強い。さらに爪はグングンと伸びてきて、斉天大聖の顔を今にも突き刺しそうだ。これが魂のない身体に、妖気を詰め込んだなれの果てだということは分かっている。この抜け殻は妖気に侵され、人間でもなく、妖怪でもない、ただの操り人形のようなものだということも。
そもそも死体を操る術僵尸は、空の器に別の魂をいれることで、死体でありながら生き物のように動くものを作るものだ。だがここには魂はない。歌を歌うのも、そして今話している言葉も、翠蘭の脳みそから記憶を探り、十耳魔王の聞きたいことを話す、都合の良い人形だ。だからこそ身体が腐ってきている。それは分かっている。全て分かっていることだ!
「我ながら未練がましいぜ」
やろうと思えば簡単に切り裂くことはできる。ましてやあの誇り高い女性が自分のこの姿を見たら、嘆き悲しみ、壊してくれと言うだろう。
だができない。こんなに醜く腐っているのに、凄まじい汚臭を放っているのに、それでも好きな人、愛している人の身体だと思うと、心が揺れる。
泰然であれば、きっと容赦なく壊せただろう。燃やし尽くしてくれただろう。雪玲のため、斉天大聖のため、そして翠蘭のためだと言って。
でもそれは違うと思った。愛する人の身体だ。二世を誓った相手だ。そうなると自分が壊すべきだと思った。非情の心を持って!
そう、非情の心を持つべきだ。自分は愛する人の魂を見送った。これは抜け殻だ。だから、壊すべきだ!愛する彼女のために!
そう思って斉天大聖は如意金箍棒に神気を流す。それは五行のひとつ、火。対魔の力をもつもの!
「ギャ!」と叫び、翠蘭であったものは、身を捩った。そしてそのまま、焼ける手をかばい後ろへと逃げる。
「悪いが、かわいい弟子達に追いつかなきゃいけないからな」
邪魔な前髪を掻き分けながら、翠蘭だった者に睨みを効かせる。できれば一撃で終わらせようとするように。
翠蘭だったものは焼けた手をさすりながら、その生気のない瞳から涙を流す。
「斉天大聖さま……」
その一言で、頭の中の何かがグラつく。これは違う。これは彼女ではない。これは……。
「ちくしょう……」
男ながらに涙が溢れる。人を本気で愛することがこんなに弱みになるとは、こんなに迷いが出ることになるとは!
「神を名乗っても、所詮、男……」
野太い声が背後から聞こえ、斉天大聖は後ろを振り向こうとするが遅かった。強烈な一撃が背中を襲う。さらに、頭、腕、肩と、次々に繰り出される攻撃は、的確に斉天大聖の神力を封じていく。それでも必死で自分の身体をかばい、なんとか、背後の敵に一撃を喰らわせようと、脇腹から如意金箍棒を穿つ。すると背後の敵はふわりを浮いて、距離を取った。
「きさま……十耳!」
クラクラする頭でなんとか敵の方を向く。頭から血が流れ入る。肩の骨は折れているだろう。背骨も怪しい。自分は神仙だ、解脱した身体には攻撃は効かないはずなのに!
視線の先の十耳魔王は愉悦に満ちた四つの瞳で、斉天大聖をみる。
「彼女の心の中を一番占めている男!貴様は殺す!!」
「はっ、まじか。好いた女の記憶を覗いたのか……」
なんと恥知らずな、とは思う。それでも彼女の心の真実が嬉しいと思うから重症だ。
背後には、翠蘭だったもの。そして眼前には敵である十耳魔王。なぜか満身創痍になった身体を気にしないように、斉天大聖は笑う。
敵討ちだと笑いながら。
◇◇◇
雪玲と泰然が行き着いた先は行き止まりだった。そしてそこにあったのは、やはり翠蘭を模した妖怪。おそらく十耳魔王の妻であったものだ。妻であったものは十耳魔王の毛で全身を覆い、そして息絶えていた。
「あり?師匠はここに十耳魔王がいるっていってなかった?気配を感じるって」
「ああ、そうだと思っていたんだが……おかしいな」
泰然が死体を触ろうとすると、十耳魔王の毛がワッと勢いよく襲ってきた。咄嗟に、火の術を発動させ、毛を燃やすと、霧散し火が広がっていく。
「ちっ!始末が悪い!」
「ほいほい、雪玲にお任せ!」
雪玲が飛び出て、棍で広がる火をかき混ぜると、それは霧のように消えていく。
「お前……なにをやった?」
泰然が目を見開いて、雪玲を見ると、ぐるんと棍を手で回し、鼻息荒くドヤ顔する弟子がそこにはいた。
「師匠はバカだな。火は水に弱いけど、風でも消えちゃうんだよ?かき混ぜれば消えるに決まってるでしょう?」
「決まって……いるのか?」
何を言っているんだろうと思いながら見ても雪玲は至極当然の事というような顔で見る始末だ。意味が分からないが問答する暇もないと泰然は思う。
「これは罠だな。一度、斉天大聖様に合流しよう。あの方であれば、終わっているはずだ」
「当たり前じゃない!斉天大聖様は強んだから!」
そうしてふたりは駆け出した。たどり着いた先に、息も絶え絶えな斉天大聖がいるとも知らずに。
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