表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/62

第48談

声のする方に3人は走る。美しい声は建物の奥から響いてくる。


「だってそんな……姐姐(ネーサン)は……」

雪玲(シューリン)には、この声がどこか違うことが分かる。だけど同じことも分かる。


「おそらく死体だろうな。翠蘭(スイラン)の魂は回収できたが、身体は回収出来なかった。死体を使った僵尸(キョンシー)か、もしくは翠蘭(スイラン)の身体に妖気を入れて妖怪化させたか……」


十耳(ジュウジ)魔王は確かに多彩な術を使えますが、僵尸(キョンシー)はそう簡単に作れるものではありません。おそらく翠蘭(スイラン)の身体に妖気をいれたのではないかと……」


「え?ってことこは姐姐(ネーサン)は妖怪になったの?それってどうなるの?」


雪玲(シューリン)の質問に、泰然(タイラン)と斉天大聖は顔を見合わせる。魂のないむくろに妖気を注いでも、残るのは土に還る死体にしかならない。しかも十耳(ジュウジ)魔王の妖気は醜悪で、人の身体に合うものではない。となると無惨に腐っている可能性がある。


愛しい人のその姿を、斉天大聖も、そして雪玲(シューリン)も見ることができるだろうかと、泰然(タイラン)は心配になる。あの美しい姿のままを心の中に焼き付けおけば、このふたりは幸せだろうに、どうしてそんな姿を見なければいけないのか……。そしてそんな姿を愛するふたりに見せられる翠蘭(スイラン)も気の毒に思う。最後のあらゆるモノを魅了する姿を知っているだけに。


斉天大聖は無言のまま如意金箍棒を強く握りしめる。


そして3人が曲がったか先に、その姿はあった。


翠蘭(スイラン)……」

泰然(タイラン)は思わず眉を(ひそ)める。


翠蘭(スイラン)が死んでから、それほど時を置かずこの戦いは始まった。だからここまで酷い状況だとは思わなかった。


翠蘭(スイラン)の身体は腐り、美しかった髪には艶がなく、さらに抜け落ちている。唇は生気のない紫色で、当然ながら目には何も写していない。きめ細やかだった肌は、紫色に染まり、更にあぶくができている。何よりもひどいのはその体臭だ。腐っていく身体からは、吐き気をもよおすほどの悪臭がする。


だがその口からでる歌声は美しい。歌うのは愛のうた。愛おしい人を求める歌。


こんな存在の翠蘭(スイラン)を見続けるのは辛いだろう、しかも魂はなくとも間違いなく愛した人の身体だ。戦いたくはないはずだと泰然(タイラン)は思い、一歩前に出る。


「師父、雪玲(シューリン)、ここは私に任せて、先へ」


だが、泰然(タイラン)の心遣いを理解した上で、斉天大聖はもう一歩前に出る。


「いや、任せられねーな」

「ですが!」


「あれは俺の惚れた女の器だ。誰にも触らせねーよ。たとえそれが弟子であったとしてもな」


フンっと鼻を鳴らし、斉天大聖は如意金箍棒を構える。


「わりーな、雪玲(シューリン)、ここは譲ってくれ。代わりに……泰然(タイラン)を頼む」


雪玲(シューリン)は破顔する。


「あいよ!ここは譲ってあげますよ、でも次は譲りませんよ。翠蘭(スイラン)姐姐(ネーサン)の転生した姿を見つけるのはあたしですから!」


「そっちも譲らねーよ」


斉天大聖は泰然(タイラン)を見る。


泰然(タイラン)……今のお前なら十耳(ジュウジ)魔王を倒せるだろう。だがくれぐれも注意しろ。雪玲(シューリン)を頼れ」


泰然(タイラン)は頷き、雪玲(シューリン)の手を握る。そしてあたふたと焦る雪玲(シューリン)を無視して、駆け出した。


「師父!ご武運を!」


「おう、お前もな!」


翠蘭(スイラン)であったものは、走るふたりを目で追うことなく、斉天大聖に両手をひろげてみせる。


「……愛おしい人……」

斉天大聖は鼻で笑う。


「そうか……それが知れただけでも、良かったよ」


斉天大聖の周囲に火が生じた。





◇◇◇





「し――師匠……師匠ってば、手……手を離して!!」

雪玲(シューリン)の悲鳴にも似た叫び声が聞こえ、泰然(タイラン)は足を止めた。


「お前……真っ赤だぞ?」


「うう゛ぅ、だって師匠が突然、手を握るから……」


泰然(タイラン)が繋いだ手を離すと、真っ赤になった雪玲(シューリン)はその手を胸の内に収めてモジモジしている。


「なんで照れるんだ……私に興味がないんじゃないのか?」


「興味なんてこれっぽっちもないやーい!手を繋がれたからびっくりしただけだーい」


良く分からない弟子だと思いながら、ため息をつくと、廊下の先に足が見えた。


「ん?誰か倒れているな……」


「あり?本当だ」


雪玲(シューリン)はぴょんぴょんと跳ねながら、近づいていく。敵意はない。そもそも気が感じられない。生きていないものだと泰然(タイラン)は判断する。


「ありり?姐姐(ネーサン)の……偽物?」


「偽物?」


泰然(タイラン)が近づくと、確かにそこには翠蘭(スイラン)の姿をした女が倒れている。見開いた目と口は、何か怖い者でも見たかのようだ。


「確かに偽物だな。雪玲(シューリン)は良く分かったな」


「だって、なんか違うもん。さっきのは姐姐(ネーサン)だったものだけど、これは姐姐(ネーサン)を模しただけな気がするもん」


「ふむ……」


泰然(タイラン)は印を組み、そして翠蘭(スイラン)の姿を模したものに、術をかけた。すると翠蘭(スイラン)を模したものは狐に変わった。


「でかい狐だ。こんこん……何人前だ?」


「馬鹿なことばかり言うな。これは狐の妖怪……メスだな」


「雌………十耳(ジュウジ)魔王の嫁か、コンコン?」


「ったく、気に入ったのか?コンコン言うな。そうだ、10人いる……いや、俺が知っている限り8人になったのか……その嫁の1人が狐だったはずだ」


「コンコン……は翠蘭(スイラン)姐姐(ネーサン)に化けて何をしたかったのかな?」


「さぁな」


翠蘭(スイラン)になったのか、されたのかで変わってくると泰然(タイラン)は眉を寄せる。この狐はおそらく後者だろう。狐の毛の中に、十耳(ジュウジ)魔王の毛が混じっている。


十耳(ジュウジ)魔王の翠蘭(スイラン)への執着は凄まじいようだ。だったらなぜあそこに翠蘭(スイラン)がいたのか……。罠でなければ良いが……。泰然(タイラン)が考え込んでいると、雪玲(シューリン)から呑気な声が聞こえた。


「師匠、眉間に皺がよってるコンコンよ?かっこいい顔が台無しだコン」


「いや……師父は大丈夫だろうかと思って」


「斉天大聖様は大丈夫だコンコン。それより行こうよ。あっちにも倒れているコンよ」


雪玲(シューリン)が指差す先には、やはり翠蘭(スイラン)を模したものが倒れている。


「ああ、行くか……」


コンコンうるさいと思いながら、立ち上がって前を向く。狐の死体は念のために燃やす。


等間隔で倒れている翠蘭(スイラン)を模した死体が、まるで分かりやすい罠のようだと……眉を顰めた。

毎日12時に投稿します。

面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ