第40談
十耳魔王と共に過ごした坊主の霊を、泰然は瓢箪に閉じ込めた。これで地縛霊であっても移動させることが可能だという。
そして禹歩を踏み、目指した先は斉天大聖だ。これで姐姐を助けられると、喜んでいた雪玲は、泰然と腕を絡める。
身体がふわっと浮く気配がし、ぐにょぐにょとした空間を通り過ぎると、外に出た。すると目の前には斉天大聖と翠蘭がいた。
「……姐姐、なんで?助けて……もらったの?」
《……雪玲、久しぶりだね。こんな形になってしまったけど、最後にあんたに会えて良かったよ》
雪玲ともに、姿を現した泰然も思わず目を見開く。
斉天大聖は憎々しげに歯を食いしばり、地面に拳をぶつけている。その横にいる翠蘭は相変わらず美しい。だがその胸元は真っ赤に染まり、さらに姿は陽炎のようにゆらゆらとし、透き通った池を見るように、姿の先の風景が見通せる。
これは幽霊だと泰然は見る。どうやらほんの少し留守にしている間に翠蘭は殺されたようだ。だが、なぜ翠蘭の霊がここにいるかは分からない。
実は十耳魔王の妻に殺された翠蘭はその重い身体を捨て、幽霊となった。幽霊となった翠蘭を斉天大聖の分身である鼠は吸い込みここまで運んだ。だからここにいることができる。
「……なんで?」
納得いかず、斉天大聖を見ると、その大きな手が雪玲の小さな肩を掴んだ。
「すまない!俺が油断した、翠蘭は十耳魔王の妻の一人に殺された!」
《気になさる事はありません。私はこれで良かったと思っているんですから》
「……姐姐」
雪玲の瞳が潤み、大好きな翠蘭の姿が見えなくなる。
「姐姐どうして、そんなこと言うんだよ⁉︎死んで良かったなんて――これから助けに行こうと思っていたのに!そしたら一緒にいられると思ったのに!」
「そうだ、雪玲、お前からも翠蘭を説得してくれ。翠蘭は妖怪に殺されたばかりだ。妖怪に殺されるのは冥府の役人の管轄外だ。だからまだ鬼籍に載っていないし、自分から行かない限りは迎えも来ない。今なら、俺の神力を翠蘭が受け止めることによって、神仙の僕となれる。永遠に生きる事ができるんだ!そう言っているのに、翠蘭が俺の神力を拒むんだ!」
「――そう――なんですか。姐姐!ほら、早く斉天大聖様の神力をもらってよ!そんであたしとずっと生きようよ!あたしは姐姐といつまでも一緒にいたいよ」
斉天大聖の腕から離れ、雪玲は翠蘭の目の前に立った。腕を差し出して翠蘭を触ろうとするが、その手は何もないように触れることができない。
目の前に姐姐がいるのに……。触れ合えない辛さから、雪玲は翠蘭をまっすぐに見る。
そんな雪玲の姿を見て、翠蘭は申し訳なさそうに微笑んだ。
《ねぇ、雪玲。私は人として生まれて来た以上、人として死にたいんだよ。あんたなら分かってくれるでしょう?》
「い……いやだ!分かんない!そんなこと言う姐姐なんか嫌いだ!」
《相変わらず、雪玲は駄々っ子ね。しかもまた嘘言ってる。あんたは賢い子だから、私の気持ちが分かっているはずよ》
「分かんない!だって、あたしは姐姐と一緒に生きたい。この先も永遠に。姐姐と見たいものもいっぱいあるし、姐姐と行きたいところもいっぱいあるんだ!」
《そんなの初めて聞いたわ。ふふふ、あんたがそんな風に思ってくれていたなんてね》
「あたしは――!姐姐がいたから嫦娥の盃にいたんだよ。姐姐に髪を結ってもらって、それで姐姐と一緒に歌って……それが楽しかったから一緒にいたんだよ!」
《そうね。それは知っていたわ。あんたは寂しがり屋で甘えっ子だからね。私もあんたのことを本当に妹みたいだって思っていたのよ》
「だったら――ずっと一緒にいてよ――一緒に生きてよ……姐姐がいない世界で、あたしだけ生きていくなんて……嫌だよ……」
雪玲は赤子のようにわんわんと泣き出した。それを困ったような表情で翠蘭は見ている。
この手では雪玲の涙を拭う事はできない。抱きしめることができない。そして髪を結ってあげることなど、できるわけがない。
翠蘭は自分の手をじっと見る。もう鋭く尖った爪はない。自分の……人の手だ。
「翠蘭、どうか雪玲のために師父の神力を受けてあげてくれませんか?雪玲は仙界に来てからもずっとあなたのことを気にかけていました。あなたからもらったリボンを雪玲はずっと首に巻いてます。あなたからもらった靴もずっと大事に履いています。あなたがいないと、雪玲はだめなんです」
《……泰然さま……》
「翠蘭、どうか俺の神力を受けてほしい。そして俺の妻になってくれ。俺はあなたをずっと見てきた。あの妖気漂う館で、十耳魔王という凶悪な生き物を前にしても立派に立っていたあなたを、本気で好きになった。愛しているんだ」
《……斉天大聖さま……》
「姐姐!斉天大聖様の妻になれるなんて、すごいことなんだよ!だからお願い。私のために……お願い」
《……雪玲…………》
皆が懇願する姿に翠蘭は美しく微笑んだ。
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