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第4談

「ほう……これはこれは……良く目が覚めたものだ」

屋根の上で白い衣を翻し、その男はニヤリと笑う。腕の中には翠蘭(スイラン)がいる。寝顔すら美しいとはつくづく罪だ。


「あんたも翠蘭(スイラン)姐姐(ネーサン)のファンか?」

念のためにと持ってきた棍で男を指すと、眉目秀麗という言葉が相応しい男が見下げる様に笑う。


濃い眉の下には、月がない夜の様に黒く冷酷な作りの細い瞳。薄い唇も酷薄そうだ。肩まで伸びる黒髪はふわりと夜空に舞う。その良く磨かれた鋭い刀の様な風情は、雪玲(シューリン)の背中にゾワリとした何かを這わせる。


恐怖か……心の中の気持ちを顔に出さない様に、雪玲(シューリン)は男を見る。

獣でも人間でもなんであっても目を逸らした方が負ける。睨みつけたまま男を見る。


着ている服は白い道衣。仙人の証。


「我は曹洞山に住む委蛇(いだ)仙人である。この女性(にょしょう)は世を惑わす傾国の相を持っている。よって仙界にて預かる」


天には2つの神の住まいがある。ひとつは仙人が住まう仙界。もうひとつは神仙とも呼ばれる神々が住まう天界。そして仙人は雲の上にある山を住処とし、そこで修練を重ねて生きるものだ。


だが地上に(あぶ)れ者と呼ばれる人間と一線を画す者が現れた時に回収する事がある。それは地上に生きる人間なら誰でも知っている事だ。


翠蘭(スイラン)姐姐(ネーサン)が溢れ者だって言うのかい?確かにその衰え知らずの美貌は異常だと、あたしも思うよ」


「理解が早くて助かる。店主にはその様に申し伝えよ」


「……でもさ、溢れ者を回収する時には、人の世の規律に倣うって聞いてるよ?皆を眠らせて拐うなんて聞いたこともない」


そう、溢れ者であっても人の世で生きてきたものだ。例え神であっても仙人であっても勝手に連れて行って良い道理はない。


「しかもあんたは本当に仙人なわけ?このぬめぬめした気は、どうしたって仙人の者じゃない。しかも、あんたが口を開くたびに見えるんだよね。二股に分かれた長〜い舌が・さ」


委蛇(いだ)仙人と名乗る男は慌てた様子で口に手を当てる。それだけで全てが分かる。


「へたっぴなんだよ!蛇め!」


ダンっと足を踏み切り、男に近づく。瓦が割れようが気にしない。借金がかさんでも問題ない。全ては尊敬する翠蘭(スイラン)を助けるために!


飛び上がって男の首筋に棍を穿つ。するとジュッと焼けるような音と共に悲鳴が上がる。肉が焼ける匂いが不快だ!


「ぎゃあ――!!貴様……貴様、溢れ者か!しかも、対魔の気の持ち主!」


「はぁ、知るかよ!」


屋根に降り立ち、次は棍を回し顎を打つ。しかしそれは避けられた。だったら次はと体をぐるっと回して、脇腹を打つ。更に男の悲鳴が上がり、洋服ごと身体が焼ける。


男が飛び跳ねて逃げるのを追いかける。次々割れる瓦を数える余裕だってある。相手が妖怪であっても関係ない。人間と同じで、次の動きが見える。一歩を踏み出すことは簡単だ。


だけど人質がいる分、部が悪い。内心で舌打ちしながら、雪玲(シューリン)は男の腕の中で眠る翠蘭(スイラン)を見る。先ほどだって男の顎を打ち、昏倒させようとした。だが、翠蘭(スイラン)の姿が見えて、距離を誤った。


姐姐(ネーサン)を先に助けないと……」


妖怪は人に化ける。それは誰でも知っていることだ。そして妖怪が本性を現した時、その時が手強いと言うことも。


人の姿を保つにも妖力がいる。やつが人の姿である限り妖力を使っていることになる。しかも攻撃をするにも本来の姿にならなければ、本領発揮することができない。だから人であるうちに仕留めなければならない。


自分が溢れ者であることは、雪玲(シューリン)だって分かっている。5階から飛び降りても無傷な体。大男であっても殴り飛ばせる腕力。今だって妖怪と戦うことができている。こんな人間がいるわけがない。そんなの他の誰でもなく、自分が一番分かっている。


溢れ者を回収に来るはずの仙人も神仙も、ここには来ない。来ないように願っている。自分は神様なんてものになりたくない。人として産まれた以上、いつだって人でいたい。だからこれでも極力目立たないように、生きてきたのに!


「ちくしょう!蛇妖怪め!」

早期決着が必要だ。それこそ天界にバレないように!


妓楼の屋根の端に追い詰められた男……蛇の妖怪は、翠蘭(スイラン)を高く掲げる。


「落とす気か?」


「まさか、大事な嫁を落とす気はない!」


ブワッと男から煙が巻き上がる。

視界が遮られ、翠蘭(スイラン)も、妖怪も見えなくなる。


「チッ!」


舌打ちひとつ落として、棍を回す。


ヒュンヒュンとまわる棍の勢いで、風が巻き起こり、一気に煙を飛ばす。


霧散する煙の先に、二股に分かれた尾を持つ巨大な蛇が、その長い舌をちらつかせていた。

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