第35談
最近の十耳魔王は翠蘭に貢ぎ物をする様になってきた。実にくだらないと翠蘭は思うが、それでも贈り物に心を動かされる自分もいる。
なぜなら最近の十耳魔王の贈り物は、豪奢な金細工でも、職人が丹精込めて作った精巧な調度品でもなく、珍しい花が咲くと聞いては赴き、華麗に鳴く鳥がいると聞いては赴き、自らの手で取ってくる。
しかも最近は朝に夜にと部屋へくる。酒宴の席も設けなくなった。
まるで初めて恋したかの様に、翠蘭を独り占めする様になってきた。そうなると翠蘭も心が動かされていく。
「見よ……今日は東の地に咲く幻の華をもってきたぞ?」
そして今日持ってきた贈り物は大き花弁をもつ、すらりとした白い花だ。可憐な女性の立ち姿のような美しさに、翠蘭が微笑みを漏らすと、十耳魔王は満足そうに笑う。
「最近は、そのお姿なのですね……」
「お前は我がどの姿でも変わらぬからな」
ふんっと鼻から息を吐く十耳魔王の姿は本来の姿だ。
翠蘭も不気味な姿だと思っているが、それでも美しい男性の姿よりは心が動かされなのでよほど良いと思っている。
「奥様達がお怒りでは?」
「あやつらが?喜んでいるに決まっている」
遠い目をしながら吐き捨てる様に言う十耳魔王は寂しそうだ。
十耳魔王は毎晩のように妻達の元へと通っていた。だが、あの夜、翠蘭の元へ訪れて以来、妻達の元へは通っていない。お陰で配下の妖怪達は翠蘭が妻になったと思っているようだが、残念だがまだ違う。翠蘭はまだ人のままだ。
抱かれるわけがない。その気持ちになりようがない……翠蘭の思いは強く、消えることはない。どれほど情に訴えられても、心が動いていたとしても、人であることが誇りなのだ。妖怪に成り下がるなどあり得ない。
だがそれは自分の考えだ。そうではない者もいるのだろう。身体を重ね、一方的であったとしても心を通わせることで、心に情を灯すものも少なからずはいるはずだと、翠蘭は視線を廊下へとむける。閉ざされた重い扉の向こうに憧れの視線を添わせて。
「最近、視線を感じるのです……」
「視線?ここに我以外が来るとでも?」
十耳魔王の体より妖気が迸る。と同時に、翠蘭の美しく結われた髪が乱れ、更にせっかく取ってきた花が枯れた。
「あ……」
「あ、ああ、すまん、花が――」
「ええ、残念ですわ。美しい花でしたのに……ですが、美しい盛りで散った花は幸せかも知れませんね……」
「まだ――その様に申すとは」
苦々しい姿を見せる十耳魔王の前でも、翠蘭は美しく微笑む。醜い妖怪が微笑もうとも、怒ろうとも、何をしようとも翠蘭の表情は変わらない。そうなると十耳魔王も毒気を抜かれ、表情が穏やかになってくる。
「お前は――手強い!」
「すぐに落ちる女がお好みなら、その様な相手をお探しください。奥様もお相手して上げてくださらないと……寂しい思いをされていますわよ?」
「そんなわけがなかろう……清々しているに決まっている」
「人の心も妖怪の心も分からないもの……自分の心すら分からないのですから、人の心など分からないものでしょう」
「まるで僧侶のごとき言葉だな?」
「悟りを開くことができるのは徳があるものと言いますわね?金銀財宝に囲まれて、高い金で葬式を取り仕切る坊主に果たして徳があるのでしょうか?貧していても、家族の為に泥にまみれ、労苦に励む人間の方が私には徳があるように思えますわね」
「面白いことを言う」
クククと笑う十耳魔王は楽しそうだ。
十耳魔王はどうやら何よりも問答をするのを楽しむようだと、翠蘭は気がついた。獣のような姿、暴力的な言動の奥にはどうやら知性があるようで、これでいて中々に聡い。そこで翠蘭はいつも、このようにして彼を探る。
探らなければならない。他の誰でもなく、雪玲のために。
◇◇◇
鼠が逞しい男性の姿に変わった時には驚いたが、雪玲の関係者と聞いて安堵した。しかもその名は斉天大聖だと言う。物語とは違って猿ではなく、実は美丈夫なのだと翠蘭は思ったが、その感情は見せずに笑って見せた。
だがその彼を持ってしても十耳魔王を倒すのは厳しいと言う。そうなれば、かわいい雪玲を危険な目に遭わせるわけにはいかない。だから自分が妖怪に堕ちそうな時には殺して欲しいとお願いし、それは快諾された。
そうなると翠蘭の心にも余裕が出てくる。これで大丈夫だと思っていたところ、斉天大聖より依頼がきた。
十耳魔王を倒す糸口として、彼の素性を探って欲しいと言うのだ。最近の十耳魔王は常に翠蘭のもとへやって来る。そうなるとできないことではないだろうと思い、翠蘭は常に会話のきっかけを探している。
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