第33談
泰然が話を終えたと同時に言葉を発したのは雪玲だった。
「え?じゃあ、師匠は師匠の師匠の希望で師匠の山を焼いたってこと?なんでそれを皆に言わなかったのさ!バカじゃないの⁉︎」
当たり前のようにギャンギャンと噛み付く雪玲を、斉天大聖が止める。
「お前……やはり死にたかったのか……」
「はい、その通りです」
そうだろうと斉天大聖は思っていた。だが話を改めて聞くと自分だってそう思うかもしれないと視線を下へ向ける。だが年若い雪玲に分からないらしい。更にギャンギャンと声を上げる。
「万姫が師匠を助けに行ったのは生きてて欲しいからでしょう!なのに死を選ぶなんてバカじゃないの!バカだ、ばか!師匠は大馬鹿だ!そんなの助け損じゃないか!死んでいった万姫だって浮かばれないやい!ばーか、師匠のばーか!だから小さいんだよ!だからいつまで経っても童貞なんだよ!だからいつまでもピンクのままなんだ!」
「雪玲――黙れ!」
斉天大聖が声を上げても雪玲は止まらない。更に卑猥なことを言い出す始末だ。これではいつまでも話が進まないと思った斉天大聖は雪玲の小さい胸をむんずと掴んだ。
「うにゃにゃ――、うんにゃ――、なんてことすんの!エロ大聖!」
「相変わらず色気のない声だすな。しかも誰がエロ大聖だ。お前は少し黙ってろ、話が進まない!翠蘭を助けるんだろ!」
「ふあ〜い」
不服げにイーっと歯を剥き出しにする雪玲に斉天大聖は術をかける。雪玲の口が縫い付けられたように閉まったのを確認して、改めて泰然に向き合った。
「光と花の術か……それだけでは情報不足だな。なんの術か分からん。泰然、お前は万姫の山を焼く前に部屋に入ったのか?万姫の山の中には誰にも見せない秘術を収めた部屋があると聞いた。もしかしてそこにあったのかも知れないのだが……」
泰然は首を振る。
「万姫様はきっと誰にもその秘術を見せたくないのだと思いました。だから見ないまま焼きました」
それは困ったと斉天大聖は息を漏らす。
「お前を助けるために西王母はあらゆる所に減罪を求めて奔走していたと聞いた。もしや、お前が万姫に頼まれたのを分かっていたのか?」
「はい、西王母は一度だけ私の元に訪れました。その時に彼女から聞かれたのです。『万姫の願いを叶えたのか……』と。私は『その通り』だと答えました。その時西王母が言っていました。『お前が燃やさなければ、妾が燃やしていた。あれは外に出すべきものではない』と、西王母は師の秘術を分かっているのだと思います」
「そうか……確か西王母と万姫は昔馴染みのはずだ。なにか知っているかもしれない。一応、西王母に聞いてみるか」
「はい――申し訳ありません」
「いや……お前のことが聞けて良かった。雪玲はバカだが、言っていることは間違ってない。お前がどう思っていようと、俺はお前が生きてここにいることが嬉しくて仕方ない。それはきっと万姫だって同じだ。俺達には確かに無限の時間があるが、それでも語り合えることは僅かだ。辛い思い出だろうに、話してくれて嬉しいよ」
泰然は深く頭を下げる。
そして思い至る。望んだ死は与えられず、自分を待っていたのは苦痛の日々だった。だがそれも十耳魔王に捕えられた泰然には、大した苦痛ではなかった。むしろ修行の場を与えられた様なものだった。だからこのまま世界が終わるまで思考を停止したまま、生き長らえるのが自分には相応しいと思っていた。
そんな日々を終わらせたのは東王父の言葉だ。だが、きっと他の誰にでもなく雪玲だったから、こんな風に万姫の話ができるまで至ったのだろうと思える。
破天荒で五月蝿くて、更にエロいことばかり考えている弟子を導かねばと思っていると、自分を助けた師のことが良く分かるようになってきた。もし雪玲が捕えられたら自分もきっと助けに行くだろう。例えそこで死ぬことになっても後悔はないだろう。
「雪玲……ありがとう」
自然に出た言葉と笑みを受け取り、雪玲はにっこり笑う。
その姿を見ると斉天大聖も雪玲の術を解除することにした。
にへへと笑う雪玲は斉天大聖の膝から飛び降り、泰然の元へと向かう。そして子供のように向かい合わせに膝に飛び乗ると、その腕が泰然の肩に伸びた。
「お礼は師匠の脱童貞で良いよ。あたしの処女も同時になくなるから、大歓迎だ!」
泰然は半眼し、その拳を握りしめる。
部屋中にゴツンと音が響き渡り、と同時に斉天大聖の豪快な笑い声が響き渡った。
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