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第30談

泰然(タイラン)は語る。今の自分を形作った話を。後悔しかない過去を。誰にも言わなかった話を。


泰然(タイラン)が仙人にスカウトされたのは3歳の時だった。親を含めた周囲の人間は驚いたが、その理由は遅すぎる仙界の対応についてだった。


そもそも泰然(タイラン)は産まれた時から普通ではなかった。貧しい漁村で働く母は痩せ細っていて、母乳は満足に出ず、これでは大きくなれないと、生まれたばかりの泰然(タイラン)は海に潜り、魚を獲った。両親、特に母は気絶せんばかりに驚いたが、これも何かの導きだと忌避する事なく、温かく見守ってくれた。


そうして貧しいが優しい両親に育てられた泰然(タイラン)は山にわけ行って獣を狩っては周囲と分け合い、海に潜っては鯨を獲って村を潤した。


だからだろう、泰然(タイラン)が仙界に行く際には皆で見送り、今までありがとうと頭を下げられた。


そして連れてこられた仙界で泰然(タイラン)を待っていたのが万姫(ワンチェン)だった。

泰然(タイラン)万姫(ワンチェン)によって見つけられた溢れ者だった。だからこそ万姫(ワンチェン)の弟子となれたのだ。


儚げで美しいこの女性が師になるのだと思うと、子供心に心臓が飛び跳ねた。


だが万姫(ワンチェン)は身体が弱く、武に秀でた資質をもつ泰然(タイラン)の師となるには厳しかったため、東王父の勧めで第二の師を得ることなった。それが神界切っての武闘派、斉天大聖だった。


泰然(タイラン)は斉天大聖の元、めきめきと力をつける。さらに万姫(ワンチェン)の指導の元、解脱も果たした。

そんな泰然(タイラン)は妖怪と戦うのこそ自分の使命だとした。


そもそも仙界の住人は己の道を探るものだ。溢れ者から道士となり、仙人になった同胞達は、ある者は霊薬となる丹作りに夢中になり、ある者は何者をも(ほふ)る事のできる武具作りに夢中になった。変わり者は宇宙の真理を解き明かすため、さらなる進化を求め仙人の上位種を目指し過酷な修行を積む者もいる。


仙人はそもそも他人にも世界にも興味はない。純粋な欲望だけが彼らを動かす。


そんな中、人助けのように地上に降りて妖怪を退治する泰然(タイラン)は、やはり変わり者だと周囲から揶揄(かわか)われた。それは神界の住人のすることだ。仙界の住人のすることではないと、(たし)められることもあった。だが幼い頃は周囲の人達と助け合って生きていた泰然(タイラン)に、その言葉は奇妙に思えた。


師である万姫(ワンチェン)に相談すると、『戦い、勝利を切望するのは欲よ。それがただ力を誇示するため、無意味に命を散らすなら問題だけど、あなたのやろうとしていることは堕ちた妖怪を退治すること。それが問題だとわたくしは思わないわ』と(ゆる)やかに笑った。


この美しい人が微笑むたびに、世界が光り輝き、空気は甘い蜜に変わる。素晴らしい師をもてたことは、泰然(タイラン)にとって誇りでもあり、自慢でもあった。


そもそも万姫(ワンチェン)は体が弱く、自分のもつ山からでることも稀だ。だがその穢れのない雪のように白い山は、太陽の光を浴びると黄色に煌めき、月の光を浴びると蒼く光り、仙人や仙女だけでなく、神仙までも魅了した。


『本来であれば、弟子を持つこともできないわ。でも万姫(ワンチェン)がどうしてもと懇願するから、あなたを弟子としたのよ』


幼いころ泰然(タイラン)にそう言ったのは西王母だった。その言葉の次に、『あれに恋をしてはダメよ』と念押しされたのが、大人になり仙人となっても忘れらない。


だがこの触れれば壊れてしまいそうな美しい人に、恋する者など現れるのだろうか。女と見れば手値次第に声をかけるもうひとりの師、斉天大聖ですら万姫(ワンチェン)の美しさに(ほう)けてまともに話をすることなどできない。自分だってそうだ。細く柔らかい美しい指で頬を撫でられるたびにドキドキしてしまう。それでも他の誰よりも免疫があることは分かっている。なぜなら誰もが万姫(ワンチェン)と視線をあわせることすらできないからだ。


仙人と仙女が夫婦となるのは珍しいことではない。神仙と結ばれることだってある。長く生きてもやはり人は人と関わることを選ぶのだと、泰然(タイラン)は確信を持って学んだ。


いつかはそうなれればと思うが、まだ自分には実績が足りない。功を焦るつもりもないが、それでも誰かに奪われる前にと思っていた。だから次から次に地上に散らばる妖怪達を退治していった。


角の鋭い妖怪もいた。人から変化した妖怪は手強かった。女の妖怪は妖艶で、その艶かしさに照れはしたが、万姫(ワンチェン)の美しさを知っている泰然(タイラン)は惑わされることはなかった。


そうやって地上を行き来するうちに、段々と泰然(タイラン)の評判は広まっていた。


見目麗しい仙人が世直しのために悪の妖怪と戦っていると瞬く間に噂は広がり、いつかもうひとりの師である斉天大聖のように物語になるのではと自分でも思い始めた。


またその時の武器は水色がかった双刀であったことから、藤の花になぞらえるようになったのもこの頃だ。万姫(ワンチェン)と並んで立った際に、仙女達に羨望の眼差しで見られるようになったのも、同じ頃だと記憶している。


自分に自信を持ち、そろそろ万姫(ワンチェン)に想いを打ち明けるかと悩んでいた頃、その相談が舞い込んできた。


自分の娘が十耳(ジュウジ)魔王に攫われたと言う親が現れたのだ。


十耳(ジュウジ)魔王……年経た魔物の一匹。斉天大聖から手を出すなと言われた大妖怪の一匹。配下が多いだけでなく、その力も巨大だという。


一度援軍を呼んでから娘を助けに向かうと言ったが、なんと酷いと詰られた。泰然(タイラン)とて親の気持ちは良く分かる。


しかも妖怪と交わったが最後、人は人でなくなり妖怪と化す。妖怪と化した子供に殺される親は多い。さらに喰われることも良く聞く。逆もまた然り。とかく人は妖怪に堕ちやすい。堕ちてしまう前に救いたいと嘆く親の気持ちは、仙人になった泰然(タイラン)とて分かるものだ。


万姫(ワンチェン)と斉天大聖に自分の分身を飛ばし、泰然(タイラン)は娘を攫われた親の情報を頼りに、十耳(ジュウジ)魔王の館へと向かった。


それが罠だと知ったのは、捕縛されたあとだった。

毎日12時に投稿します。

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