第29談
「……まさかこの格好で一晩過ごすとは……」
泰然は横で寝る雪玲を見る。縛られている姿は自分と同じだ。だが、雪玲は寝台に顔を突っ伏す状態で寝ている。それは、まぁ良いとしよう。
尻を高くあげて、茹で上がった海老のような姿で寝るとは、なんと色気がないのかとため息すら出てしまう。これでは千人斬りどころか、ひとりにも相手にしてもらえないのではないだろうか……。
そんなバカなことを思っていると、斉天大聖の気配を感じた。助け出したにしては早すぎると思いながら扉を見ていると、気配の通り扉が音を立てて開き、その巨体が姿を現した。
「…………なんだ?この色気もへったくれもない寝相は……」
「戻ってきて一番の言葉がそれですか――まぁ、同意ですが……」
斉天大聖が扉を開けてもそれでも寝ている雪玲に呆れつつ、泰然は足で雪玲をつつく。自分だって縛られているのだから、手は使えない。
「起きない……ですね。ここまで眠りが深い子ではないんですが」
「疲れる……と言うのも変な話だ。まだ道士とは言え、肉体は仙人に近いのだから。お前……雪玲に違和感はないか?」
「私は弟子を持つのは初めてなので、なんとも言えないですが、習得は早いと思います。まるで知っていたことを復習している様に……」
「ふーん」
斉天大聖の疑疑惑の視線を受け、取り繕う様に
泰然は言葉を紡ぐ。
「あ、ですがそんな筈はありません。思ったより賢いので、私がそう考えただけです。そ――そんな事より翠蘭は?」
「ああ、今のところは無事だ。俺の分身を置いてきた」
「もしや……師父でも結界には入れませんでしたか?」
「ああ、中々強固な結界だ。一筋縄ではいかない……お前、万姫がどうやってあの結果をすりぬけたか知っているか?」
「いえ……師は気がついたら、私の目の前に……」
「詳しく……」
斉天大聖の瞳が光る。こうなると嘘はつけない。泰然が顔を歪めると、斉天大聖がググッと顔を寄せてきた。
「――まじっすか……そっちもアリ?」
そこに呑気な声が聞こえ、ふたりは声の主を見る。
いつの間にか目を覚ました雪玲が目を見開いてこちらを見てる。実に興味津々な瞳に泰然は思わず半眼になる。
「あ――気にせずどうぞ。男同士は見たことないし、教わってないから見たいっす。なんなら寝たふりをすから……ほら、ぐーぐー、雪玲は寝ましたよ?ほら、ぐーぐー、さぁ、さぁ」
斉天大聖と泰然は2人揃って深いため息をついた。
◇◇◇
「お前……さっきまでグズグズ泣いていた割に、随分と変わり身が早いな」
幌金縄から逃れた泰然と雪玲は、そのまま斉天大聖と作戦会議を始める流れとなった。雪玲はご機嫌に斉天大聖の膝の上だ。泰然はその姿にもう慣れた。
「師匠はばかだな〜、斉天大聖様が手ぶらで帰ってくるわけないじゃん。きっと姐姐の無事を確認してから戻ってきたんだろうって、少し考えれば分かるでしょ?」
「そうだな、翠蘭は幸いなことに無事だった。まだ人間でもあるし、当面は安全そうだ。念の為に俺の分身を置いてきたから、最悪はなんとかなるだろう」
斉天大聖は心のうちを見せないように笑う。最悪……それは翠蘭が人としての姿を消すことだ。
斉天大聖は分身と繋がっている。翠蘭に姿を見せた分身は、なんとかして助けると話をした。すると翠蘭が言ったのは意外すぎる言葉だった。
―では私が妖怪になる前に殺して―
その一言だけだった。雪玲の名前を出したのが返って悪かったのだと斉天大聖は反省した。あの誇り高い女性は、雪玲が助けに来ることで、命を失うのを一番恐れているのだろう。それだけ十耳魔王との格の違いを分かっているのだ。
「とりあえず厄介なのは十耳魔王の結界だ。あれを壊そうと思ったら俺でも骨が折れる。となると侵入することはもっと難しい。無害な鼠の分身を作って、やっと入れたくらいだからな」
「無害な鼠かぁ、逆に言えば無害になれば入れるってこと?」
「そうだな、普通の人間が迷い込むことはできそうだ。迷い込んだが最後、妖怪共にばくっと喰われて終わるだろうがな」
雪玲の浅はかな企みなどお見通しとばかりに、斉天大聖は言葉を被せる。そこに更に泰然が追い打ちをかける。
「お前が力を封印して人間のふりして入ったところで意味がないぞ。救出要因が倍になるだけだ」
「てへへ、バレたかぁ。だって斉天大聖様の話だと翠蘭姐姐は、十耳魔王に言い寄られてんだろ?十耳魔王はともかく、その配下が姐姐に手を出したらどうるんだよ!」
「出さねーだろな。あれは完全に恐怖政治だ」
斉天大聖の分身は十耳魔王の館のあちらこちらに散らばった。その中で配下の者たちの会話を聞いた。皆が皆、口を揃えて十耳魔王の姿の醜さと、強力な妖気に怯えていた。妻達もそうだ。頓死した妻を羨ましがる者もいるのだから、相当に辛いのだろう。
それでも皆が集まるのは、彼の配下でいれば命は守られるからだ。神界も仙界も手を出せない相手。それが十耳魔王だ。分身を通して見た妖力の強さに、斉天大聖ですら身震いした。
「じゃあ、師匠はどうやって十耳魔王の元に行ったのさ?」
無邪気と無謀さの中に、若干の知性を混ぜ込んだ雪玲が言い放ったひと言に泰然は、重い口を開いた。
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