第25談
斉天大聖の千里眼は東王父、西王母より劣るが、三清に勝る。妖怪退治を主な生業とし、稀に天界の軍を率いて、戦うのだから当然と言えば当然だ。
手を翳して視線を遠くへ運ぶと、豪華な部屋に閉じ込められている翠蘭が見えた。美しい衣装を身に纏っている。
おそらく十耳魔王が用意したのだろう。趣味が悪い。そして手首には衣装に不釣り合いな貧相な髪紐。
「雪玲がつけていたものか?微弱だが仙気が漂っている」
お守り代わりにつけているのだろうが、それが良かった。お陰で妖気が溢れている十耳魔王の館の中でも彼女の姿だけは見つけることができた。
「良いね、美女を助け出すのは役得だ」
できれば近づきたくない相手だがと、斉天大聖は不敵に笑う。
泰然が突然、斉天大聖の館に現れた時には驚いた。その顔は真っ青で、だが決意を込めた瞳には、成長した何かが見えた。
聞けば雪玲が姐のように慕っていた翠蘭が十耳魔王に攫われたと言う。
十耳魔王は退治に来た泰然を拷問し、さらに師である万姫を殺した憎い仇。
如意金箍棒を借りに泰然が来た時、仇を取ることを諦めていないことは十分に分かった。貸すのは断ったが、その後も泰然が十耳魔王を探していることも知っていた。だが探せるわけがないと思っていた。相手は斉天大聖ですら、探し出せないほど狡猾な魔王だ。
だがなんと言う縁か……泰然は偶然が重なり十耳魔王に辿り着いてしまった。
本来であれば、殺したいほど憎んでいる相手だ。以前の泰然であれば、即座に敵討ちに行っていただろう。だが、雪玲のために止まった。
雪玲の姐を確実に救出するために、師である斉天大聖の元へ懇願に来たのだ。
助けて欲しいと!自分では力が足りず、助けることは叶わないから、助けて欲しいと!
男がそこまで懇願するのを力あるものして無視することはできない。ましてや可愛い弟子でもある。これを叶えずして、斉天大聖は名乗れない!
三清の許可を得ていては時間がかかる。神界の軍を動かすには名目が足りない。
「まぁ、ひとりの方が気楽だな」
印を組み、プッと息を吐いたところで、蝿に変わった斉天大聖はその姿のまま、空を飛ぶ。
格好つかない姿だと自嘲しながら。
◇◇◇
雪玲の横に座る泰然は、息を吐き、横で寝る弟子を見る。
「泣き疲れて、眠ってしまったか……」
後ろにひとつに結ばれた髪には、峰花からもらった髪飾りが光る。初めて見た時には二つ結びのお団子頭だった。あれから見ていない。そして、その時にお団子を飾っていたリボンを首に巻いていることは実は知っている。リボンは翠蘭からもらったものだ。肌身離さず持っていたいと、雪玲は嬉しそうにに話していた。
斉天大聖を見送った雪玲は力が欲しいと泣いていた。もっと力があれば翠蘭姐姐を助けに行けるのにと。
その言葉は泰然の胸に、刀よりも鋭く突き刺さった。自分にもっと力があれば、師父を頼らずに済んだ。本心を言うと、自分が助けに行きたかった。弟子である雪玲が姐の様に慕う女性。興味本位で泰然も一度だけ垣間見たが、意志の強い、だけど慈愛に満ちた優しい瞳をしていた。
「私たちはこれからだ。これからもっと強くなろう」
雪玲に言い聞かせると同時に、自分にも言い聞かせる。
いつの間に雪玲にここまで優しくなれたのかは分からない。初めは弟子など取る気もなかった。十耳魔王を討伐に行き、そのままそこで彼の方と同じように儚く殺されたいと思っていた。敵わないのは分かっているから。
だが修行をつけていくうちに、雪玲の明るさに気がつけば感化されていた。それは――初めは仙界中に人の欠点を挙げ釣られながら走り回るのを勘弁して欲しいと思ったが、その奇行が逆に仙人たちの同情を引いたのも確かだ。
「酷い弟子を持ちましたな」とか、「あなたにあんな一面があったとは」とか、同情だかなんだかよく分からない言葉もたくさん聞いた。万姫の山を焼いた厄介者であろう自分に話しかけるものなど、いないだろうと思っていたのに……。
―お願いね―
最後に彼女が言った言葉を思い出す。自分の胸の中で消えていく彼女は、復讐など望んでいなかった。彼女が見ていたのものは、違うものだった。きっと誰も彼女の心のうちは分からない。いや、そもそも、仙人であっても神であっても、その人のことなど分からないのだろう。
そしてそれは自分にも言える。なぜなら人も仙人も誰も彼もが変わっていく。変わって行く自分を想像したことはなかった。だが、変わることを恐れることはない。なぜならそれが成長なのだろうから。
「翠蘭を……人を……神仙にする方法があったな……」
仙人にはなることができない。だが神仙は違う。気に入ったものを召使いとすることができるし、彼らが修行を積めば神仙となれる。
「起きたら教えてやろう……」
こんな自分がいることを彼女は喜んでくれるだろう。きっと彼の方ならば……。
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