第24談
突然気を失った雪玲を、峰花が泰然の元に連れて帰ったのは、日が落ちてからだった。
「千里眼を突然使って……」
そう言って峰花は申し訳なさそうな表情で、雪玲を寝台へと寝かした。
峰花を見送った泰然は雪玲の額に手を置き、弟子が見たものを覗くこととした。
事と次第を悟った泰然は千里眼を使い、翠蘭を探す。
まだまだ仙人としては半人前であろうとも、泰然の千里眼は雪玲に勝る。あっという間に翠蘭の居場所を突き止め、拳を握りしめる。
「まさか……」
なんという縁だろう。自分の宿敵をここで見つける事となるとは。
「十耳魔王……」
翠蘭の横には、十耳魔王がいた。
実は泰然は釈面されてからも、ずっと十耳魔王を探していた。だが相手は年経た大妖怪だ。どれほど目を広げても姿は見えず、耳を澄ましても声は聞こえない。あらゆる術を試したが、やつの毛先一本の痕跡すら追うことはできなかった。それだけ自分と奴との間には差があるだと思うと、斉天大聖が如意金箍棒を貸さない理由も良く分かった。実力が違いすぎるのだ。
翠蘭はまだ無事だ。だが、妖怪の精を受けると人ではないものに変貌してしまう。それを分かっているから、十耳魔王は手を出していないのだろう。
翠蘭を人のまま、飼い殺しするか、それとも食うか、それとも妖怪とするか。それを悩んでいるのは想像に容易い。
だが横に置き、歌わせているのを見ると食われることはないのだろう。歌声にうっとりと聞き惚れている姿が見える。じっと見ていると目が合った。
「まずい!」
慌てて千里眼を閉じたが、遅かった。十耳魔王の刃が空間を介して飛んできて、泰然の顔を掠めていった。
「まさかここまで攻撃してくるとは……」
壁に刺さった刃を抜くと、鋭い殺気が込められている。まだ、足りない。きっとまだ殺せない。倒せない。その実力がない。方法も見当たらない。
「雪玲に……なんと言えば良いのか……」
刃に気を込めると、煙の様に霧散する。その煙を泰然は見続けていた。
◇◇◇
雪玲が目が覚めた時に見えたのは、陰陽の紋様だった。
「あたしの部屋?」
いつもの様にぴょんと起き上がって、背筋をグッと伸ばす。
「確か、西王母様のお茶会に出席して、それで……」
琵琶を弾いたのを覚えている。そこで無意識にできた千里眼。見当たらなかった翠蘭姐姐。泣いていた仮母。
「起きたのか?」
「……師匠」
扉の外で師匠の泰然の声が聞こえた。だけど気配はひとつじゃない。
「なんで……斉天大聖様がいらっしゃるんですか?」
雪玲が扉を開けると、そこには師である泰然と、その師である斉天大聖が立っている。まるで行く手を阻むように。それだけで、雪玲には分かる。
「斉天大聖様、翠蘭姐姐はどこに?」
「俺が救助に行く。お前はここに残れ」
翠蘭の身に何か起こっていることは、感じていた。泣いていた仮母を思い出す。
「翠蘭姐姐は妖怪に拐われた?」
じっとふたりを見ると、泰然は目を伏せた。斉天大聖は雪玲から目を離さない。
カッと頭に血が上るのを感じた雪玲が、ふたりの間をすり抜けようと試みた。だが、目の前に立ち塞がるのは、天界きっての武闘派斉天大聖だ。そのままひょっいと持ち上げれらた。
「おてんば娘は足手纏いだ。このままこの部屋にいろ」
「嫌だ!姐姐を助けに行く!なんだよ!あたしがあのまま妓楼に残っていれば、拐われなかったはずだ!こんなになるなら残っていれば良かった!」
足をどれだけバタバタしても、両腕で背中をドンドン叩いても、斉天大聖はびくともしない。それどころか部屋に戻される始末だ。
そのまま寝台にドンと置かれると、斉天大聖の腰に結ばれていた縄が蛇の様にシュルシュルと動き出し雪玲の体に巻きついていく。
「なんだよ!緊縛プレイとか、そんなのしてる場合じゃないんだよ!こんなの趣味じゃない!姐姐を助けにいくんだよ!」
斉天大聖が息をフッと吐くと、雪玲の口が縫い付けれたように固まった。
「ムムムムムムー!!」
「五月蝿い女は好きだが、今はそんな場合じゃない。お前を縛る縄は幌金縄だ。どうやっても抜け出せねーよ。半人前は大人しくしておきな」
斉天大聖を睨みつけると、その手が頭をふわっと撫でた。任せておけと言うのだろう。
「お前も良いな?」
斉天大聖の視線の先の師は、目を伏せ、そのまま雪玲の横に座る。
「ムム?」
意外なことだと、目を見張っていると、雪玲に巻きついてる縄が更に伸びて、泰然を縛る。
「師父!ここまでしなくとも、私は今回は動きません!」
「今はそう思っても、弟子に絆される恐れもあるだろう?」
「いえ、そんな――私は自分の未熟さが分かっているから、師父を頼ったのです。雪玲の姐が捉えられていなければ、ひとりで行ってました」
「そうだな、思い止まっただけ成長した。だがすまない、念の為だ」
項垂れる泰然を見ると、雪玲にも敵の正体が分かってきた。
「ムムム!!」
「何を言いたいんだ?……はぁ、ほら、もう行くから、最後に一言だけ聞いてやるよ」
斉天大聖が指を鳴らすと雪玲の口が開いた。と同時に、頭をゴツンと寝台にぶつける勢いで土下座をする。
「姐姐をお願いします!」
「ああ、任せな」
再び頭を撫でられ、雪玲は涙する。
敵は十耳魔王!泰然の敵!万姫を殺した妖怪‼︎
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