第22談
仙人・仙女が集うことは基本的にはない。だが無限の時間がある彼らだって集まりたい時はあるようだ。特に女性は集まるのが好きだ。小鳥達が競って囀るように、あちらこちらで高い声が聞こえてくる。
その内容は、どの仙人が素敵だとか、あの神仙は素敵だという内容が多い。この辺りは人間でも仙女でも変わらないらしい。違う点があると言えば、そこに嫌味や陰口がないことだろうか。マウティング行為すらないのだから素晴らしい。尊き方々はそんなことには心を配らないらしい。
「雪玲?どうしたの?」
相変わらず色っぽい姿の峰花が、雪玲の袖を引く。
どうやら仙女達の色気にやられていたらしい。雪玲は仙女達の池に咲く満開の蓮の花ような姿に、声が出ないほど見惚れていた。
「いや、なんか仙女の皆さんが一様に色っぽくて、艶めかしくて……やば、心臓がバクバクしてる」
「ふふ、思ったより可愛いらしいことを言うのね」
服の袖で口元を隠して笑う峰花が、この中でも一番艶かしいと、雪玲は頬を染める。
今日は、西王母が主催の茶会だ。仙界の中心、崑崙山にある広間でその茶会は開かれた。広間は美しい花々が咲き乱れ、さらに花びらが待っている。それだけでも美しいのに、たくさんの淡い光がゆったりと空を舞い、さらにどこから来たのだろうか。華やかな色を纏った鳥達が、楽の音のように歌っている。
仙女達は思い思いの場所でふわりと浮きながら、持ち寄ったお茶を飲み、食事を楽しんでいる。
雪玲は峰花に誘われ、この集いに加わることになった。ほとんどが白い仙衣を着ていることから仙女と分かる。黄色い道士服に身を包んでいるのは、雪玲を入れても5人ほどだ。溢れ者が生まれることは稀だと、泰然が言っていたことを思い出す。
「崑崙山の中にこんな場所があるなんて……」
「幻影よ。西王母が作り出しているのよ」
「ほえええ……」
それはすごいと雪玲は息を呑む。道理で室内なのに、見上げた天井には空が見えるはずだ。
「あたしは……まだ浮けないなぁ」
「妾が一緒にいてあげるわ。果物もあるわよ。お食べ」
峰花がほっそりとした手を差し出すと、その上に雅な皿が現れ、薄桃色の桃のような果物が現れた。
「蟠桃っすね。あたし、これ好きじゃないんだけど……」
「あら?よく知ってるわね、解脱を助けるものだから食べないとだめよ」
「それを食べるごとに欲を失くなっていく気がするんだよね」
「ああ、人間は5欲を無くして神に至る……なんて稚拙な考え方があるそうね」
「仙人は違うの?だってお坊さんとか、そんなこと言って説教垂れていたよ」
「仙人・仙女は己の道を極めるために生きているのよ。欲なしでは成り立たないわ。むしろ知りたい、何かを成し遂げたいという欲求の元に生きている妾達に欲がないわけがないわ」
「そうなんだ……じゃあ、あたしが峰花様のお胸を揉みたいって欲求も、持ち続けて良いってわけだね」
雪玲の卑猥な視線に峰花は、半眼で応える。
「泰然に言われてない?相手のことを考えなさいって。妾がそれを望んでいるなら良いでしょうが、そうでないならそれは間違えた欲ではなくて?」
「……う゛ううぅ……最近、お師匠様も峰花様も、道徳ばかり言ってくるよ〜」
「仙人も仙女も神仙も、そして人もお互いを思い合って譲歩して生きているものよ。それを超えると妖怪となる。理解したなら、さぁ、食べなさい」
「ふわぁぁい」
雪玲が蟠桃を一口食べると、それは口の中で溶けていく。その度に何かが頭の中をよぎるのだ。その感覚が好きじゃない。
「年若い同胞……は随分と可愛らしいわね」
「師と一緒に仙界中を走り回ってる姿とは別人のようね」
クスクスと笑いながら仙女達が雪玲と峰花の周りに降りてくる。まるで花から発せられているような芳しい香りに雪玲の頭はクラクラする。
「ううう……みなさん、良い香り……」
「仙女となると、体から自然と光を発し、香りを纏うものよ」
「格が高くなるほど、眩い光と香りを纏うのよ」
次から次に降りてくる仙女達は一様に眩い。だが、その輝きより峰花の方が輝いている。峰花の輝きに慣れてきた雪玲ではあるが、やはり改めて見ると格が違うのだと分かる。
だが、一番輝いて見えるのはやはり西王母だ。その輝く光は昇り行く太陽の様であり、花畑の中に埋もれたとしても、彼女の香りは気付くだろう。
雪玲が西王母をじっと見つめていると、仙女達がほうっとため息をつく。
「素晴らしい輝きと香り……昔は万姫様もいらっしゃったから、茶会も華やかだったのよ」
「西王母と並び立てるのは万姫様くらいでしたもの。あの闇夜を照らし出し、心をほぐすような優しい光と、甘い蜜のような芳香をもう嗅げないかと思うと、袖を濡らしてしまいますわ」
「本当に、あれほど慈愛にみちた優しいお方を、私は知りませんわ。過去にも未来にも万姫様の様な方が現れることはないでしょう」
「万姫って師匠の師匠だよね?なんか皆、めちゃくちゃ褒めるね?そんなに良い女だったの?」
雪玲が聞くと、仙女達はうっとりとした表情をする。それだけで、万姫がどれだけ素晴らしい女性だったか分かる。
「ふうん、確か歌とか楽器もすごいんだっけ?そんで美女で、そんで性格も良いっての?なんか出来すぎじゃね?」
「まぁ――」
雪玲の言葉に仙女達は隠さず怪訝な表情をする。どうやら不遜のようだ。だが、なぜだろう、自分の言葉を収める気が雪玲にはない。
「雪玲の言う通り……あれはそれほどの者ではない」
意外な人物の介入に、仙女達は顔を見合わせた。
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