第19談
「おう!面白そうな話してんじゃねーか。俺も混ぜろよ」
良く通る太くて快活な声が響くと同時に、雪玲の近くで煙が爆ぜた。
「へ?斉天大聖様の声?」
煙を両手で払い除けていると、その中から太い腕がにゅっと伸びる。そしてそのまま雪玲はひょいっと持ち上げられる。
「わわわ――何?なに?」
雪玲は何事かと焦るが、峰花は鋭い眼差しを煙の主に向ける。
「妾はここに招いた覚えはありませんよ――斉天大聖――」
ここは仙界で峰花の住まいのある奏糜山だ。神仙である斉天大聖は許可なしでは入れない。つまり斉天大聖は無許可で、しかも違法にここに来たことになる。峰花が睨みつけても仕方ない。だが、全てを分かった上で斉天大聖は、大声で笑う。それは自分の力を誇示するようであり、子供のような無邪気さもある。
「そう睨むな。美しい顔が台無しだぞ?峰花娘娘」
「そんな言葉で誤魔化させるほど、妾はウブではありませんわ」
「これは手厳しいな。実はな、雪玲が俺を訪ねた時に、術をかけたんだ。雪玲が俺の名前を呼びながら良い声で啼いたら俺の耳に自動的に届くように、ってな。しかも次元も場所も関係なく雪玲のもとに行けるっておまけもつけた。だから許して欲しいな?これも可愛い孫弟子のためだ」
「マジっすか!やった〜、いつでも斉天大聖様に会える!」
「そうか?嬉しいか雪玲は可愛いやつだな」
喜ぶふたりを見ていたら峰花は何も言えなくなる。十耳魔王に囚われた弟子を助けようと奔走していた斉天大聖を、峰花だって見ていたのだ。
一方泰然は呆れ果てるばかりだ。そこまで雪玲が可愛いのかと、嫉妬めいた感情まで湧いてくるからタチが悪い。
「分かりました……椅子と茶を用意しましょう」
「いやいや、お構いなく。椅子はそうだな。これで良い」
斉天大聖は雪玲を抱いたまま、雪玲が使っていた椅子にドガッを座る。雪玲は嬉しそうに膝に乗っている。まるで孫と祖父だと、峰花はため息をつく。
丸いテーブルの中央に置かれた陶磁の茶器で、茶を入れ、そのまま斉天大聖にそっと差し出すと、その腕を掴まれた。
「相変わらずの良い女っぷりだ。その目の下のほくろが更に良い。厚い唇は今すぐにでもしゃぶりつきたいくらいだ」
「わわわ、斉天大聖様……だ、大胆……」
膝抱っこされながらその様子を見守る雪玲は両手で顔を隠しながら、指の間からばっちり見ている。段々と峰花に顔を近づけていく、斉天大聖が男らしくて素敵だと思いながら。
「乳飲子を連れた男に興味はありませんわ」
バッサリと言葉で斉天大聖を両断する峰花は更に素敵だと、雪玲は息をのむ。ふたりの間で右往左往している師匠は問題外だと思いながら。
「おうおう、相変わらずの良い女っぷりだ。惚れちゃうな。なぁ、雪玲。峰花の胸と尻の揉み心地はどうだった?」
「まじ、やばいっす!あたしは妓楼で色んな姐姐の乳や尻を揉んだんですけど、峰花様ほどの一品に出会ったことはないです!柔らかい、だけど、適度に筋肉もついていて、素晴らしい弾力で――最高でした!特に尻が良い!今まで翠蘭姐姐のが一番だと思ってましたけど、これは峰花様の圧勝です!あれは、戦う筋力を残しながら適度に女性らしい柔らかさを兼ね揃えた一品です!あたしも真似したい!」
「ほう、確かに雪玲の尻は硬いもんな」
「きゃん!!んにゃにゃにゃ――ヤー!ってなんで、あたしの尻を揉むんですか!セクハラ親父!変な声出ちゃったじゃないですか!」
「おおう、確かに変な声だな……もうちょっと色気のある声出さねーと、男が萎えるぞ?」
「ま……マジっすか。え?でも咄嗟だったし、こう言う場合、どんな声出せば良いんですか?」
「そうだな――」
顎に手を添え、斉天大聖が真面目に考え始めたところで、峰花がテーブルを強く叩いた。これ以上、この話はやめた方が良い……雪玲と斉天大聖は目で会話する。
「そういえば、お前の言ってた翠蘭ってのを千里眼で見たぜ。あれは良い女だな。特に歌声が良い。人間にしておくのが勿体無いくらいだ」
「あれ?あたしが委蛇と戦ってる時に姐姐は人質になってましたよ?そん時に見てなかったんですか?」
「あの時はお前ばかり見ていたからな」
雪玲は斉天大聖に頬に撫でられ、嬉しそうに、でも照れくさそうに笑う。
「えへへへ。翠蘭姐姐に手を出しちゃだめですよ?姐姐のは良い人ができたんですから」
「そうなのか?まだ妓楼で働いていたぞ?」
「ああ、今は春じゃないですか?これから夏になったら、尉官の移動が始まるんです。きっと姐姐もそれに合わせて移動なんですよ」
「へぇ……人間は色々と大変だな。いやそれにしても翠蘭の歌声は良かったぞ。万姫ほどではなかったがな……」
「万姫……」
そう言えば師匠の師匠の話をするんだった。思い出した雪玲は泰然を見る。そこには訝しげな表情をした泰然がいた。