第17談
ぴょんぴょんではなく、ぶわわわと雪玲は空を飛ぶ。必要なのは踏み出す一歩だ。自分は飛べると、自分ならできると信じて、雲と雲の間を跳ぶ。
その後ろを鬼の形相で追いかけてくる泰然がいる。彼は走って追いかけている。仙界切っての美男子と言われた姿はそこにはない。ただ、怒りと共に弟子である雪玲を追いかける。
「師匠〜、怖い!追いかけてこないで!自分が自虐趣味だからって、あたしにまで強要するのやめて!分かった!あんたはナニも小さいから、心も小さいんだろ!」
「お前はまだそれを言うか!この馬鹿弟子が‼︎」
雪玲は仙人たちの山を器用に跳ねながら移動する。泰然はそれを追いかける。仙界に響き渡るくだらない口喧嘩に、住民たちは呆れ果てて声も出ない。そもそもここ最近はこれが日常化してきているから怖い。仙界の風物詩となったらどうしようかと、コソコソ相談するくらいになってきた。
そしてそうなるとこのふたりを止める者も、決まってくる。仙人は基本的に人と関わらない。皆が道を極めるのに夢中で、他のことに関わりたくないからだ。そんな仙人・仙女の中で、それをするものはひとりだ。
「ばーか、ばーか、師匠のばーか。ここまで来れる者なら、追いついてみせろ〜、ギャン!」
何か見えない壁にぶつかり、雪玲は見事に顔ごとぶつかった。鼻を摩っていると、泰然が追いついてきた。
「峰花……助かる」
「ふおんファさまぁ?」
「毎日毎日、追いかけっこ……呆れてものが言えないわ」
見えない壁の先には、相変わらず妖艶な峰花が憂い顔で浮いていた。
◇◇◇
峰花に追いかけっこを止められたふたりは、そのまま峰花の山である奏糜山に呼ばれる運びとなった。峰花の山は黄緑色に輝く美しい山で、頂上は平らになり美しい花々が咲き乱れている。そこで茶を飲むのが、峰花の日課だ。
「今日はなんの修行だったんだい?雪玲」
宇辰が出してきた茶をすすり、雪玲は師の泰然をギッと睨む。
宇辰は峰花の弟子だ。コロンとした可愛い目と、丸っとした団子鼻。優しい顔立ちの彼は、もう少しで解脱し、仙人になるという。見た目は雪玲と変わらないが、もう100歳は超えている。
「聞いてよ!宇辰、師匠ってば、大地の下にある、熱っついマグマに落とそうとするんだよ!燃えて死んじゃうよ!自分が自虐趣味だからって、弟子にまで強要するのはおかしいと思うんだよ!」
「ああ、その修行なら、僕もやったよ。大丈夫だよ。初級の術だから」
「……は?仙人ってのは、マゾの集まりな訳?変態のしゅうだ……って、痛い!でも峰花様の鉄拳だから、ご褒美だ〜」
雪玲以外は深いため息をつく。
雪玲が仙界にやってきて1ヶ月が過ぎた。皆の予想に反して泰然は真面目に雪玲に修行をつけている。元々が真面目なタチなのだと、泰然を見直す仙人もいれば、変わらず嫌う仙人もいる。それはそれぞれの考え方だと、泰然も気にしていない。
問題があるとすれば雪玲だ。何が不満なのか、雪玲は良く罵詈雑言を吐きながら逃げ出す。そしてそれを追いかけるのが泰然の日課となっている。
雲で飛んで首根っこ掴むか、もしくは術でふんじばれば良いと、助言をくれる仙人もいるが、泰然は足で追いかけることにしている。それも雪玲の修行のうちだと思うし、何より本人が追いかけてくれることを望んでいる気がするからだ。まぁ、泰然の身体的特徴を大きな声で触れ回るのは勘弁して欲しいとは思っているが……。
「まだ人の身体である、雪玲には恐怖が残っているわ。師であるあなたが共にマグマに入ってあげるのが筋じゃなくて?」
ふうっと息を吐きながら、峰花が泰然に向き合えば、泰然は真っ赤になりながら、抗議するように雪玲を指差す。
「私だって、初めはそうしようとした!アホなほど痴女である弟子ではあるが、こんな女でも弟子だ。抱いて一緒に降りようとしたら、このエロ弟子は、私の身体を弄ってきたんだ!しかも『あ……やっぱり童貞だから、感度良いっすね?』とか言い放ったんだぞ!そのまま蹴っ飛ばして、マグマに落とそうとしたら、必死の形相で逃げるし――くっそ――東王父め!これならあのまま刑罰を受けている方が良かった!」
「あ――やっぱ、そっち系?あたしは妓楼で縄使うのは教えてもら――フグぐぐぐ」
峰花は雪玲の口を手で塞ぐ。自分の可愛い弟子宇辰に雪玲の言葉は聞かせたくない。視線で席を外すように指示すると、宇辰は乾いた笑いと共に、一礼して自室へと飛んでいった。
「宇辰良いなぁ、もう、雲を起こせるんだもん。あれがあればどこにでも行けるんでしょ?」
「雪玲にはまだ無理よ。まずはマグマに入る修行でしょう?火の性質を持つんだから、入ったところで燃えないわよ」
「意味分からないですよ。峰花様が一緒に入ってくれれば、嬉しいな」
それが目当てかと、峰花と泰然は視線を交わす。
雪玲は姉のように、母のように慕っていた妓女と別れ、仙界にいる。寂しいのだろう、そう思うと峰花も雪玲を慰めたくなるから不思議だ。それが雪玲の魅力かもしれない。
格して峰花は雪玲と共にマグマへと下ることになった。
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