第15談
ずずずずっと茶をすすった斉天大聖は、片眉をあげてジロリと泰然と雪玲を見る。泰然が怒ったことで、表での騒動は終わり、斉天大聖は家にふたりを招いた。
召使いがお茶を用意しても泰然はそれを飲むことなく、雪玲に説教をしている。師としてその対応は問題ない。例え説教されている雪玲に反省の色が見えなくてもだ。
斉天大聖が最後に泰然を見たのは、万姫の死を目前で見てしまい、自暴自棄になって泣き叫んでいる所だった。自分がもう少し早く助けに来れていれば、こんな事にはならなかっとのにと、悔いてしまうくらい哀しい光景だった。
泣き叫ぶ泰然を気絶させ、黎明山の自室に寝かしつけたところで、東王父と西王母に事情を説明に行った。そこで事件が起こった。
目を覚ました泰然が万姫の家である山に大火を放ったのだ。
仙人総出で火を止めに行った時には遅かった。万姫の住居があった山は焼け落ち、麓しか残っていなかった。泰然はその場で捕えられたが、その目には何か窺い知れぬ決意が宿っていた。
処刑を望む仙界と神界の声に、斉天大聖は意を唱えることも、応ずることもしなかった。だが、毎日懲罰房にいる、泰然の元に赴き、なぜあんな事をしたのか問いただした。だが何度聞いても『燃やして当然』と答えのみが返ってきた。
生気のない目で涙も流さず、ただ息をしているだけの泰然を見て、死にたいのだろうと結論づけた。
誰もが泰然の死を望む中、ただひとり西王母だけが泰然を庇った。そうしてどうやったのか皆を説得し、最終的に泰然は死刑を免れ、極刑を受ける事になった。
以降、斉天大聖は泰然に会うことはなかった。
そんな中、久しぶりに仙界に新たな同胞が加わった。そしてその子を指導するために泰然が免罪されたという。更に弟子を連れて、まさか自分の元に訪ねてくるとは!
今の泰然はあの時の死を望んだ目ではない。もちろん、その奥に暗く澱んだ影は見えるが、それらを全てを凌駕するのが、雪玲の存在だ。
霊力は普通、顔は今はかわいい面立ちだが、将来は美人になるだろう。ぷっくりと膨らんだ唇が実に魅力的だ。大人になってあの唇で誘われたら、男はふらりと堕ちてしまうだろう。
だが、彼女の魅力はそこではない。
斉天大聖は雪玲が委蛇と戦うのを見ていた。まだまだ拙い動きではあったが、一歩踏み出して戦える姿に歓喜したほどだった。もう少し早く見つけていればと、歯噛みしたくらいに彼女の存在は輝いて見えた。今だって、説教している泰然を羨ましいと思うくらいだ。
「ったく……いつまで説教してんだ?雪玲が可哀想じゃねーか。男と女のまぐわいは自然の摂理、仙界は堅苦しくて仕方ねぇ」
「あ――!斉天大聖様!さすが、話が分かる〜、師匠も峰花様もすぐにこの手の話すると怒るんですよ」
「仙界は道を極めることばかり考えるオタク集団だからな。俺がもうちょっと早く雪玲を見つけてれば、雪玲は神界で俺の弟子になれたのに、残念だよ」
「どういう意味ですか?」
雪玲がキョトンとした目で斉天大聖を見ると、彼は手招きして、膝に乗れと指示を出す。これ幸いと膝に飛び乗る雪玲に、泰然は白けた視線を送り、斉天大聖の前に胡座をかいて座った。
「地上に現れた溢れ者は、仙人が見つけたら仙界へ、神仙が見つけたら神界に同胞として迎えられるんだ。お前は東王父が先に見つけていたと聞いた。なんでも弁髪の男を殴ったのを見ていたらしい」
「ああ……あれかぁ。あそこで見つかったのかぁ」
「俺は雪玲が委蛇と戦っている段階で見つけたから一歩遅かったってわけだ。実に残念だ、お前は良い女になるだろうしな」
斉天大聖に頬を撫でられ、雪玲の顔は熟れた桃のように染まる。
「う、うわわ、なんか……な…な…慣れてる感じ?え??背中ゾワゾワしてる」
ポポポっと熱くなっていく身体を手で冷ましていると、慌てた泰然がやってきて、雪玲を斉天大聖から奪い取る。
「師父!私の弟子を口説き、誑かすのは辞めて頂きたいです!」
「はいはい、ごめんなさいよ」
胡座をポンっと叩いて、斉天大聖は笑う。なんであれ泰然が事件の前の表情に戻ったのは良いことだ。
「で?お前は何しにきたわけ?雪玲を紹介に来ただけってわけじゃないよな?」
泰然は雪玲を横に座らせ、額を床につける勢いでお辞儀をする。
「師匠、最強の対魔武器・如意金箍棒を貸して頂きたく参りました」
「ふ……ん、万姫の仇でも討ちに行く気か?」
「返答致しかねます」
「そうか……断る。帰れ!」
静寂な空気が部屋を包む中、雪玲が両手足を床につきながらパタパタと動き、斉天大聖の膝の上に戻った。
「如意金箍棒ってあの西遊記の?本当にあるの?あたしも見たい!触りたい!」
泰然のため息と、斉天大聖の笑い声が部屋に広がった。
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