第10談
再び峰花の雲に乗って、雪玲は空を飛ぶ。突き刺すように空高く伸びる山々を右に左に、上に下にと避けながら飛ぶのは爽快だ。
「峰花様の雲は速いですね〜」
「あら?挨拶の時は随分と可愛らしかったけど、新しい同胞は猫被りが上手なのね」
ふふふ、と笑う峰花は、くるりと後ろを向き、雪玲と向き合う。
「前見てなくて大丈夫かよ?」
「大丈夫よ。ここは妾の庭。見なくても飛ぶことは容易にできるわ。それより先ほどの可愛らしいお顔は演技かしら?」
「そうだよ〜、爆炭ババアが挨拶だけは可愛くしろって言うからね。可愛く挨拶をしたら、あとは客にされるがままにしておけば良いって教わった」
「……そう、新しい同胞は、そういえば妓楼で育ったものね」
気の毒そうな目で見られるのは、雪玲は慣れている。
普通の女性はこの話をすると、蔑むか憐れむかどちらかだ。それを誰よりも一番良く知っているから、翠蘭姐姐は仙女になれと言ったんだろう。例え雪玲が、妓女になるのを心から楽しみにしていたとしてもだ。
「その新しい同胞って長くない?雪玲って親からもらった立派な名前があるんだ。雪玲って呼んでよ」
「あなたを売った親がつけた名前よ?道士となったからには、名前を付け替えることも可能なのに……そのままで良いの?」
「気に入ってるから良いんだよ」
雪玲が、ニカっと笑うと峰花から同情の視線は消え、慈愛溢れる母のような笑みで応える。
「そう、美しい名前だものね。では雪玲、新しい同胞のあなたに、妾の歓迎の証としてこれをあげるわ」
峰花がその髪の毛を一本、プチっと取って差し出すと、途端に黄色い牡丹の花飾りへと変わった。
「念をこめて、妾の名を呼べば分身が現れるわ。きっと雪玲の力になってくれるわよ」
峰花から花を受け取り、雪玲は左右のお団子頭の右側につける。このお団子頭は翠蘭編んでくれたものだ。あれで最後だったかと思うと、雪玲の心に風が吹くようだ。
「……ありがと……」
「あなたの師はあの泰然だから、きっと無茶すると思うわ。困ったことがあれば、妾を頼りなさい。あなたの師と住処も近いから……」
「そう言えば、あたしの師って、罪人?」
峰花は、ふわりと雪玲前に座り、その手を取る。と同時に雲が緩やかな速さに変わり、ふわふわと空を漂い出した。
「そうね、それを先に言っておかなければいけないわね。あなたの師、泰然は今は罪人として罰を受けているわ。妾は東王父より赦免状を預かっている。この術が発動されるまで、泰然はこちらを覗き見ることも、聞き耳を立てることもできないから、話すなら今が良いかも知れないわ」
「覗き見……聞き耳……?」
「仙人の術に千里眼というものがあるわ。それを使えば千里先まで見聞きできるのよ……あ、今はそれは良いわね。あなたの師の泰然の話だったわね」
千里眼の話こそ聞きたい!と雪玲は思うが、そこは空気を読んで黙る事にした。
千里眼の術を覚えれば、あらゆるものが覗き見放題ではないか!それこそ見たいものはたくさんある。
例えば曜国には後宮と呼ばれるハーレムがある。お盛んな皇帝が夜毎、美姫を取っ替え引っ替えしてるという……。ぜひ、一度見たいと思ってた!まずはその術こそ覚えたい!と雪玲は顔に出さないようにしていたつもりだが、峰花にはバレているらしい。先ほどとは違い、一気に蔑む視線を送られた。
「……あなたにとって妓楼は良い場所だったようね」
えへへと笑って頭を掻きながら雪玲は峰花を観察する。峰花は呆れてはいるが、こんな雪玲を嫌ってはいない様だ。仙女といえば清廉潔白、清らかな存在だと思っていたが、それは違うらしい。
「まずはあなたの師である泰然の話をするわよ。千里眼の術は泰然に教わりなさい。泰然が師として指導しないのであれば、妾の元へくれば良いわ。妾にも弟子がいる……あなたと仲良くなれるでしょう」
「峰花様は話が分かるね!姐姐って呼んで良い?」
「生意気よ!あなたは道士。まだ半端者。解脱して、仙女となったら、姐姐と呼ぶことを許してあげるわ」
ふんっと鼻を鳴らして笑う峰花に、照れ笑いをする。仙界でも姐姐ができると思うと、雪玲は嬉しく思えた。
毎日12時に投稿します。
面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!




