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7/12

楽しい時間

 数日後、夏祭りに出かけることになった。涼恵にとっては初めての夏祭りだ。

「涼恵の浴衣姿、初めて見た」

 雪那の言葉に涼恵は「まぁ、夏祭りなんて行ったことないですし……」と苦笑いを浮かべた。

「そうだね。ほら、彼氏さんに見せておいで」

 雪那に言われ、あーからかわれているなーと思いながら、涼恵は怜のもとに来る。

 怜は涼恵が雪那と一緒に選んだ浴衣を着ていた。

「かっこいい……」

 それを見た涼恵が思わずこぼれた言葉がこれだった。それに怜は頬を染めた。

「す、涼恵も、可愛いよ……」

「おいおい怜ー、照れてんのか?」

「口縫い付けますよ」

「怖っ」

 孝がからかうと、怜は黒い笑顔で裁縫針を取り出した。この男、やる気満々である。

 なんて冗談はさておき、雪那の運転で現地まで向かう。

「お姉ちゃん、きれいー!」

「亜花梨ちゃんも可愛いよ」

 後ろでは姉妹でそんなことを言い合っていた。それを兄弟が優しく見ている。

「みんなで出かけることもあまりなかったですもんね」

「亜花梨を雪那さんに預けていたからな。すず姉も外、出歩けなかったし」

 ワイワイと楽しそうだ。それを怜はうらやましく思う。

 会場に着き、集合時間を決めて自由行動になる。涼恵は怜と一緒に回った。

「あ、あれやってみたい」

 涼恵が指さしたのはスーパーボールすくい。怜は「いいよ」と笑ってそこに行った。

 数分後、「見て見てー!」と涼恵がすくったスーパーボールを見せてきた。なんと、茶わん三つ分取っていたのだ。

「……すごいね……」

 この子、ゲーム関係も得意だよなぁ……と思いながらそう言った。

 そこから三つもらい、ほかのところを回る。

「ねぇ、あれって何ですか?」

「あれ?りんご飴ってやつだよ。食べてみる?」

 それに涼恵が目を輝かせて頷くと、怜は一つ買ってそれを涼恵に渡した。

「食べにくい……」

「まぁ、そうかもね」

 食べにくそうにしている涼恵にほっこりしながら怜は撫でる。

「俺も食べていい?」

「はい、怜さんが買ってくれたものですし」

 こういうのは恥ずかしがるものだろうが、涼恵は普通に渡してきた。

(うーん……少しぐらい恥ずかしがってほしいんだけどなぁ)

 少し考え、

「これ、間接キスだね」

 一口食べてそう言うと、涼恵は目を丸くした後顔を真っ赤にした。

「あ、えっと、そういうつもりじゃ……!」

「フフッ、そこまで照れなくてもいいのに」

 反応が可愛い。もう少しからかいたいが、これ以上やると拗ねそうなのでやめておくことにする。

 適当に歩いていると、記也がうなっていた。

「どうしたの?」

「あ、すず姉……あれ取りたいんだけど、取れなくて……」

 どうやら射的をやっていたらしい、指さしたのは熊のぬいぐるみ。確かに取りにくそうだ。

「あれを取ればいいの?」

「え、やってくれるのか?」

「うん」

 涼恵は射的の代金を払い、構える。そしてためらいなく撃った。

 見事に命中したぬいぐるみは地面に落ちた。まさか一発で取れるとは思っていなかった店長は唖然としながらぬいぐるみを渡す。

「ほら、どうぞ。亜花梨ちゃんにあげるんでしょ?」

「ありがとう、すず姉ー!」

 あとはやっていいよ、と笑って涼恵は怜とまた回り始める。

「涼恵って、ゲーム関係本当に得意なんだね……」

「こう見えても記也とはよくやっていましたからねー」

 確かに、なんか悔しがっている記也が頭に浮かぶ。

「あ、怜さんに涼恵さん」

 佑夜に声を掛けられ、二人は近づく。

「もうすぐで花火が打ちあがるみたいですよ」

「あ、そうなんだ」

「あそこ、人があまりいない穴場みたいですよ。行ってみたらいいと思います」

 どうやら教えようとしていたらしい。この守護者達はお節介焼きだなぁ、なんて思いながら一緒にそこに向かう。

 ベンチに座り、一緒に話をする。

「いつも家から見てただけだから、新鮮ですね」

「近くで見たらすごいきれいだよ。まぁ、音は大きいけど」

 そんな話をしていると、花火が打ちあがった。

「本当にきれいですね」

「うん」

 君の方がきれいだよ、とは口が裂けても言えなかった。

 怜がジッと横顔を見ていると、それに気づいた涼恵が「どうしました?」と微笑んだ。

 ――きれいだなぁ……。

 そんなことを考えていると、いつの間にか涼恵の顔が近くにあった。

「ど、どうしました?」

 頬を染めながら、涼恵が聞いたが、怜は答えなかった。


 集合場所に集まると、雪那が「涼恵、顔赤いよ」と言ってきた。

「え!?えっと、その……!」

「分かりやすいなぁ」

 あわあわしている涼恵に、雪那はフフッと笑った。

 皆で車に乗り込むと、涼恵と怜はほかの人達にからかわれ続けた。

(ま、まさか、キスされるなんて思ってなかった……)

 あの時、確かに重なった。思い出すと羞恥心が襲ってくる。

(あ、あんなの、言えない……)

 涼恵はとにかく無言を貫く。それは怜も同じらしい。

 雪那の家に着くと、寝るまで聞かれ続けたようだ。



 二週間後、今度は海に来ていた。

「おー、すごいきれい……」

「涼恵は初めてですもんね」

 目を輝かせている妹に恵蓮は笑いかける。

「着替えてこようよー!」

 舞華に言われ、涼恵は「じゃ、また後で」と兄に笑いかける。

 数分後、弟が大騒ぎでやってきた。

「兄さーん!」

「どうしました?記也」

「構ってくれー!」

 この弟もずいぶん甘えたである。

 同時に、涼恵も恵漣の前に来た。

「に、兄さん。似合ってるかな……?」

 眩し過ぎると恵漣は思う。白い水着は、涼恵によく似合っていた。

「す、涼恵。日焼け止めを塗りましょうか」

 慌てて恵漣は日焼け止めを取り出す。妹の肌が焼けてしまってはいけない。

 兄に日焼け止めを塗ってもらっていると、怜が「あ、涼恵」と声をかけてきた。

「怜さん。どうですか?」

 怜に見せると、彼は動きを停止した後「これ、着てて」と自分が着ていたシャツを渡す。どうしたんだろうと思いながら、涼恵はそれを受け取って羽織った。

「お、すず姉。シャツ来たのか?」

「うん。怜さんに借りたの」

 その言葉を聞いて、記也はニヤリと笑った。

「本当に怜さん、すず姉のことが好きだなぁ」

「急にどうしたの?」

 やはり、この姉は鈍感だと記也は思う。ここまで鈍いと怜が哀れである。

 この後、涼恵が一人でパラソルの下に座っていると、

「なぁ、そこのお嬢さん。一緒に遊ばない?」

 涼恵をナンパする男が出てきた。

「いえ、私、友達と来ているので……」

 そう断るのだが、一向にどこか行く気配がない。困っていると、

「ごめんね、この子、俺の彼女なんだ」

 戻ってきた怜が涼恵の肩に手を回し、ニコリと威圧する。

 ――この子に手を出したら、分かっているよね?

 そう言っていそうな顔だった。

 男が逃げると、怜は涼恵の顔を見た。

「大丈夫だった?……って、顔真っ赤だけど、どうしたの?」

「あ、あああああの、恥ずかしいです……」

 だんだん小さくなっていく声に、怜は微笑んだ。

「可愛いね」

「うー……」

 目の前でのろけないでほしい。

 弟達は遠い目をしながらそう思った。

「すず姉、これ」

 記也がメロンソーダを渡すと、涼恵は「ありがとう、記也」と受け取る。

「涼恵さーん、それ飲んでからでいいので一緒に遊びませんかー?」

 羽菜にそう声をかけられた。それに「はーい」と涼恵は返事をする。

「……炭酸強い……」

「すず姉、あんま飲まねぇもんな」

 飲みにくそうにする姉に、弟は苦笑いを浮かべる。確かに涼恵が炭酸飲料を飲んでいるイメージがない。

「でも、うまいだろ?」

「うん」

「たこ焼きは食うか?」

「今はいいかな?羽菜さんに呼ばれてるし」

「じゃあ、一応買っておくな。オレは食いたいからさ」

「了解」

 じゃあ、行ってくると涼恵は羽菜達のところに混ざった。

「本当に馴染んだなぁ、すず姉」

 あの頃が懐かしいと思う。

「本当に、最初に会ったあの気弱そうな少女なのかって思うよ」

 怜も小さく笑った。

 事実、涼恵はかなり変わった。


 あの時は、本当にひどかった。

 雪那とすら、会いたがらなかったのだから。

「涼恵……君に会いたいって人が来てるよ」

 兄や幼馴染達が部屋の外から涼恵に声をかけるが、彼女は最初嫌がった。しかし説得され、雪那もなんとか会うことが出来たのだ。

 一年近くは話そうともしなかったが、雪那が涼恵の怪我を手当てしてくれたことがきっかけで少しずつ話すようになった。

 それから亜花梨の教育係という名目で廉人が来た。少し緊張していたが、それでも何とか対応出来ていた。


 それを考えると、本当に成長したと思う。これであとは自己肯定感が高くなればもっとよしだ。

「本当に元気だねぇ……」

 怜が困ったように笑う。涼恵はあぁ見えて体力がかなりあるのだ。

「まぁ、家の中で運動はしていたっすからねぇ……」

「熱中症が心配だね……」

 あまり外に出ていないと、熱中症になる可能性が高い。室内でもなることがあるぐらいなのだから、あまりはしゃぎすぎると倒れてしまう。

「すず姉があそこまではしゃぐことなかったっすからねぇ」

「確かにイメージがないな」

 記也と怜が笑う。これこそ涼恵信者だ。

「涼恵さんをナンパした奴は殺す……」

「目を光らせておけ、佑夜、愛斗……」

「了解、慎也……」

 ……あそこまで行くと、もはや狂信者だが。

 フフフ……と守護者達が黒い笑顔を浮かべてナンパ男を引きずっていた。あれで三人目だろうか?

「あれ?さっきから男性が少なくなっていっているような……」

「気にしなくていいですよ」

 さ、行きましょ、と羽菜が涼恵の腕を引っ張る。ちなみに気付いていないのは涼恵だけである。

「あそこまで鈍感だと、いっそすがすがしいね……」

 ※あれで一応情報屋です。

「せっかくだし、オレ達も楽しみますか」

「そうだね……でも、ほどほどにしてね……」

 このきょうだいは見た目に反して体力と腕力がかなりある。正直、怜だけで何とかなりそうにない。

「あ、蘭!お前も一緒に遊ぼうぜー!」

「お、おう……」

 そんなことを考えていると、蘭まで巻き込まれた。

 ドンマイ、弟……。

 同じ弟でもここまで違うらしい。まぁ、蘭は怜に似たから仕方ない。


 海水浴から帰る途中、

「ねぇ、たこ焼きのにおいするんだけど」

 運転していた雪那に言われ、記也が「あ、オレっす」と袋を見せた。

「すず姉に渡そうと思ってて」

「あ、ありがとう、記也」

「本当に仲いいね、君達……」

 涼恵がたこ焼きを広げると、

「はい」

「ん、サンキュー」

 いたって普通に記也の口に運んだ。弟の方も普通に食べる。

「……君達って、恥じらいがないよね……」

「「え、どうして?」」

 怜が苦笑いを浮かべていると、二人は同時にもぐもぐしながら首を傾げた。

 ――普通、年頃のきょうだいは嫌がるものなんだけどなぁ……。

 分かっていたことだが、距離感がバグっている。

「俺ももらっていいか?」

 孝がからかう目的で言うが、「どうぞ?」と普通に差し出してきた。

「こら、涼恵、ダメですよ。恋人もいるんですから」

 恵漣が止めてくれたため、その場は落ち着いた、のだが。

「兄さんも食べる?」

 妹の提案に、恵漣は「…………食べます」と葛藤しながら頷いた。

「本当に恵漣は涼恵が好きだな」

 はっはっはっ、と笑っている慎也にも「食べる?」と差し出された。

(涼恵、後ろ後ろ!)

 ……その背後で、怜が黒いオーラを放っていることに気付いていないらしい。

「怜さんも食べます?」

 はい、と口の前に出す。もちろん涼恵は特に何も考えていない、ただの善意だ。

(あぁあああああ怜さんが悶えている……!)

 しかし彼氏の方はそうではない。言ってしまえば「アーン」されている状態なのだ。

「どうしました?」

 心配そうな瞳もさらに悶えさせる原因になる。

(い、いっそどうにでもなれ……!)

 怜は恥ずかしがりながら、たこ焼きを食べる。

「おー、怜君も大胆になったねー」

(からかわないでください雪那先生……!)

 大胆だというのは怜自身も気付いている。気付いているが、涼恵のことを考えたらこうするしかないんだよ……!

「大胆?何かやりました?」

(お前のせいだよ……!)

 何も分かっていない涼恵に、全員が心の中で同じツッコミを入れた。

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