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6/12

夏休み

 次の日、普通に出てきている涼恵に慎也は目を丸くした。

「珍しい。涼恵があの状態から一日で出てくることが出来るなんて」

 何をやったんだ、怜、と慎也が見つめると怜は目をそらす。

「おーいー、怜。詳しく話を聞かせてくれよ」

 これは面白いことになっていそうだと慎也は絡む。こうなっては話すまで絶対に逃がしてくれないと分かっているが、怜は「やめてくれない?」と一応聞いた。

「やーだ」

「…………」

 だろうな。

 怜はため息をつきながら昨日のことを話す。

「そうなんだな」

 慎也はニコニコと笑っていた。これはよからぬことを考えていそうな予感だと直感的に思った。


 その夜、慎也は佑夜と愛斗を呼び出した。

「由々しき事態だ……」

「いきなりどうしたの?兄さん」

 この兄がこんなことを言い出した時、絶対にろくなことにならない。それを知っている弟はため息をつきながら尋ねる。

「怜がまだ涼恵に手を出していないらしい」

「……はぁ?」

 案の定、ろくでもないことだった。

「なるほど……確かにそれは由々しき事態だね……」

「いやいや、そこは恋人同士の自由でしょ?乗るな愛斗」

 まぁ、結婚しているとなれば話は別だが。

「そう言ってて結婚した後も手を出さなかったらどうする?」

「まだそこまで考えなくてもいいだろ……」

 何を言っているんだこの兄貴。

 なんて、言っても聞かないんだろうな。こいつのことだからな。

「それで、佑夜。頼みたいことがある」

「嫌だ」

 最初は即答で断った佑夜だったが、

「お前が欲しがっていた本、買ってやるから」

「……………………」

 その言葉に長考する。そして、

「……一応、聞かせてくれる?」

 懐柔されてしまった。もちろん難しいことなら断るつもりではあるが。


「怜さん、明日から夏休みですしたまには一緒に呑みませんか?」

 次の日、佑夜が怜を誘う。珍しいと思いながらも「うん、たまにはいいよ」と怜は頷いた。

 夜、成人している人達で飲み会が始まる。ちなみに未成年は涼恵の部屋で集まってゲームをしている。

「いやー、それにしても涼恵さんが付き合うことになるなんてねー」

 愛斗が怜に話しかける。それに合わせて慎也も声をかけた。

「一時は政略結婚もあるかもって思ってたもんな」

「でも、ほかの男も狙っているかもしれないよねー。涼恵さん、美人だし」

(あぁあああ煽るな煽るな!これ以上煽るな!)

 佑夜は冷や汗を流す。怜と話していると分かるのだが、彼は嫉妬深いのだ。

(だ、大丈夫かな……怜さ)

 怜の方を見ると、彼は笑顔で「そうなんだ」と頷いていた。……ただし、黒い笑顔で。

(わぁあああ怒ってるよ!コップ割れる!)

 ギリギリとコップを強く握っている。心なしかひび割れている気がする。

(ご、ごめん……涼恵さん……)

 佑夜は心の中で謝る。恐らく涼恵に被害が及びそうだ。

 飲み会の後、慎也と愛斗は満足そうにしていた。

 ちなみに、そのあと怜は涼恵のところに来ていたらしい。

「ねぇ、涼恵。政略結婚もありえるって本当?」

「え?いきなりどうしたんですか?」

「ちょっと耳に入ったからね、どうなんだろうって」

「まぁ、そうですね……お嬢様である以上はそれも考えないといけないですね」

 本当にいきなりどうしたのだろうと思って見ると、

(ヒィ!?)

 黒いオーラを感じ、涼恵は震えあがる。

「ど、どうしました……?」

「何でもないよ」

「いやいや、何か言われたんでしょう?その、怖いですよ?」

「怖い?」

 あ、これ言ってはいけなかったかもと涼恵は冷や汗を流す。

「大丈夫、「今は」何もしないよ」

(今は!?)

 今度何かするということだろうか。恐ろしくて聞けない……。


 何はともあれ夏休み。四階組は雪那の実家で泊まることになった。

「でも、本当によかったんですか?」

 涼恵の質問に雪那は「もちろんだよ」と笑った。

「使用人もいないからゆっくり出来ると思うよ」

「それだったら私の家でも……」

「まぁ涼恵達の家の方が広いけどね。でも私も一応はお嬢様だし、一人では持て余しているんだよ」

「雪那さんのおうち、一人暮らしにしては大きすぎるもんね」

 森岡きょうだいは行ったことがあるが、ほかの人達はそんなわけもないので首を傾げる。

 お嬢様である涼恵達の実家と同レベルのお屋敷ってなんだ?

 それは実際に見たら分かった。

「ここだよ」

 到着したのは、本当に豪邸という言葉が似合う屋敷だった。

「これでも、涼恵達の家よりは狭いんだよ」

「これで……?マジ……?」

「時々は帰って掃除はしてるから、大丈夫だよ」

 そう言う問題ではない。本当にここに泊まっていいのか悩むレベルだ。

「嫌なら、涼恵達のお屋敷に行く?近くだから行けるよ」

「……なんか、見てみたいようなそうじゃないような……」

「じゃ、一回行ってみようか」

 そう言って、雪那は涼恵達の屋敷の方に向かった。

 涼恵達のお屋敷は貴族が住みそうな立派な豪邸だった。その近くには、雪那の屋敷に引けを取らない豪華な守護者達の家が建っていた。

「どっちがいい?」

「……雪那先生の家でいいです……」

 この家は物を壊したり汚したりしたらマジでヤバイ。

(本当にお嬢様なんだなぁ……)

 ほかの人達はそう再認識させられてしまった。

 雪那の家に入ると、怜は雪那に呼ばれた。

「怜君」

「どうしました?雪那先生」

「これ、あげる」

 雪那が小さい箱を渡してくる。怜は受け取りながら「なんですか、これ……」と見て黙り込んだ。

「そういうことはしてもいいけど、気を付けてね。私も仮にもお嬢様を預かっている身だからさ」

「いや止めはしないんですね」

 それでいいのか専属医。

 ツッコみたいが、ここでツッコミを入れたら負けの気がする……。

「どうしました?怜さん」

 後ろから覗き込んで来る恋人に「ななな、何でもないよ」とその箱を隠しながら答えた。

「涼恵、男の子にもいろいろあるの」

「……?まぁ、それはそうかもしれませんが……」

(この人、絶対面白がってる……!)

 そう思ったが、我慢だ我慢。

 夜、ベランダで怜と涼恵は話していた。

「涼恵って、本当にお嬢様なんだね……敬語使った方がいいんじゃないかって思っちゃったよ」

「敬語は使わなくていいですよ。他人に使われるの、あんまり好きじゃないし」

「そうなの?」

 まぁ、確かに涼恵はあまり敬語を使われるのは好きじゃなさそうだ。

「何の話をしてるのかな?」

「子供、見てみたいよな!」

「こら、そう言うのは結婚してからにしなさい」

(外野がうるさい……)

 そして気が早い……。止めてくれてありがとう佑夜……。

「涼恵、怜さん。スイカおいておきますね」

「ありがとう、恵漣」

 恵漣が後ろにスイカの乗ったお盆を置いてくれた。怜はそれを引き寄せ、小さく切られた方を涼恵に渡す。

「ありがとうございます。よくわかりましたね、小さいほうがいいって」

「涼恵、少食だからね。恵漣がみんなと同じサイズで渡すわけがない」

 あのシスコンがそんなミスをするわけがない。何なら種抜きである。

「兄さんが切ると、いつも種が入っていないんですよねー」

(めっっちゃ世話してる……!さすが重度のシスコン……!)

 もぐもぐと食べながらそう言う涼恵に、怜は優しく笑いかける。

「……恵漣って、本当にきょうだいが大好きだよね」

「兄さんは記也と亜花梨ちゃんも好きですからねー」

「特に君のことが好きな気がするよ……」

 あの溺愛ぶりは相当なものだ。怜もずいぶん蘭を溺愛している自覚はあるが、あそこまではない。

「……本当に箱入り娘だね……」

「まぁ、その自覚はありますけど」

「多分君が思っている以上だよ……」

 むしろよく交際を許されたと毎度ながら思う。

 気付くと、ほかの人達はすでに部屋に戻っているようだった。

「怜さん、あとで部屋に行ってもいいですか?小説一緒に書きたいので」

「あ、うん。いいよ」

 本当は少し気まずいので今日は遠慮したかったが、純粋なその瞳を無下には出来ない。

(さっきの雪那先生の言葉が……)

 悶々としながら、怜は自分に与えられた部屋で待っていた。

 涼恵が来ると、二人で小説を書き始める。

「あの、怜さん。ここはどうしたら……」

(いや近い近い……!)

 まるで誘惑されているように涼恵の顔が近い。もちろん涼恵は無意識だし怜もそれは知っているが、それでもそっちの方に意識してしまう。

「怜さん?顔が赤いですけど、熱でもあるんですか?」

 もう寝ますか?と涼恵が心配そうに顔を覗き込む。プツンとそこで怜の中の何かが切れた。


 次の日、怜があくびをしながらリビングに向かうと涼恵以外の人達が集まっていた。

「おはようっす!怜さん!」

「おはよう、記也」

「すず姉は起きてないんすか?」

 そう聞かれ、ドキッとする。涼恵は自分の部屋で寝ているからだ。

「記也、今日は買い物に出かけるんでしょう?」

「そうだったそうだった!準備してくるぜ!」

「怜さん、涼恵が起きてきたら朝ご飯を食べさせていてください。九時に起こしてもらえばいいので」

「わ、分かった」

 ……どうやら察せられているらしい。まぁ、いつも早起きの涼恵が来てなければ仕方ないか。

 皆が出かけると、怜は部屋に戻り涼恵に声をかけた。

「涼恵、もう朝だよ。起きて」

「うー……あと十分……」

「もう九時だよ」

 もぞもぞ……と涼恵は顔を毛布の中に埋める。怜はため息をつき、

「起きないなら……またするよ?みんないないし」

 耳元でそうささやいた。涼恵は「うー……」と目だけを出し、

「……起きます……」

 いじわる……と言うと、怜は「フフッ」と笑った。

 怜からパンとコーンポタージュを受け取り、涼恵は食べる。そして、絵を描き始めた。

「あー、涼恵って絵も上手だったね」

 怜が覗き込むと、「趣味みたいなものですけど」と笑った。

 皆が戻ってくると、羽菜が涼恵の絵を見て「きれい……」と呟いた。

「思い出の場所ですか?なんというか……哀愁を感じ取れるんです」

「そうですね。祖父母の持っていた別荘なんです」

 今はあまり行かなくなってしまったが、きょうだいや幼馴染達とよく遊びに行っていた。

「懐かしいね。涼恵さん、よくここで研究していたよね」

「おじいちゃん達が研究員だったからね」

 涼恵はその頭脳ゆえに何事にも興味を持った。それで薬を作り上げてしまったぐらいだ。

「あの時は驚いたよ……」

「大丈夫、誰にも使っていないから」

「そう言う問題……?」

 佑夜が苦笑いを浮かべる。ちなみにそのおかげで祖父が改良し新薬が一つ出来たことは秘密だ。

「……将来、涼恵は研究者になりそうだな……」

 慎也が呟く。事実、森岡家は領主であると同時に研究者でもあるからあり得る話だ。

「いきなりどうしたの?慎也君」

「いや、何でもない……」

 絵の話からなんでそうなったのか、涼恵含めほかの人達は分からないに違いない。ただ、あの場にいた人達と話を聞いた雪那は分かってしまった。

(本当に研究者になりそうなんだよなぁ……)

 遠い目をして事情を知っている人達はそう思った。

 その日の夜、みんなでバーベキューをした。

「涼恵、どうぞ」

「兄さん、ちゃっかり私のところにお肉をたくさん置かないで」

「涼恵はあまり食べないんですから、これぐらい盛った方がいいです」

 兄から皿を受け取り、涼恵は苦笑いを浮かべる。遠くでは、肉丼なるものを作り上げている男性陣がいた。怜と佑夜と蘭はその被害にあっているようだ。

「あっちは大変だね……」

「いつものことですよ」

 恵漣はどうやらあっちに行く気がないようだ。まぁ、啓や孝あたりが何かやらかしそうな気がするので涼恵も特に何も言わなかった。

「恵漣ー。こっちおいでよー」

 啓が恵漣を呼び寄せる。恵漣は「なんでですか?」と睨んだ。

「怖いなー。悪いことはしないって、これあげようと思ってさー」

「なんですかその身体に悪そうなどんぶりは」

「肉丼。肉だけが乗ってるよー」

「野菜も摂ってくださいねー……」

 何をやっているんだこの生徒会長は。

 そのあと、怜が逃げてきた。

「蘭君は?」

「記也に捕まってるよ」

「あー……」

 あの子に捕まったら大変だなぁ……と涼恵は苦笑いを浮かべる。

「そういえば、涼恵は俺と蘭の関係って……」

「うふふ」

「……知っているんだね」

 アトーンメント様の笑顔を浮かべられ、そう悟る。

「……まぁ、転校当初はさすがにまだ確信はなかったですけどね」

「あはは……俺なんてまさか君があの時助けてくれた子とは思ってなかったよ」

 霜月 怜と霜月 蘭……としか記憶していなかったため、秋原姓になっている蘭のことは見覚えだけあったが気のせいだと思っていたのだ。

「どこまで調べ上げていたの?」

「えーっと……虐待されていたっていうこととそれが霜月家ということ、それから名前とご両親のことぐらいですかね?」

「ほとんど調べていない?それ」

「誕生日とかそういう個人情報は調べていないですよ」

 ……この子なら本当に調べ上げられそうで怖い。

「あの後分かったことなんですけど、あの男はうちの両親に悪知恵をささやいていたそうなんです。だからどうしても見つけ出さないといけなくて。まぁ、もう死んでいるかもしれませんけど」

「君達の両親と?」

「はい。……あぁ、これ以上は暗い話になりそうですし、また今度話しましょうか」

 涼恵の笑顔に圧を感じ、怜は冷や汗を流しながら頷く。

「希菜ちゃんと奈子ちゃん、寝ちゃってますね。毛布、どこにあるかな……?」

 涼恵が立ち上がると、毛布を取りに行った。

 ……自分の父親が、涼恵達の両親に……。

 だとすると、もしかして……。

 涼恵は何も言わなかったが、まさか彼女達が追っている組織と関係あるのだろうか?

 そんなモヤモヤを抱えながら、怜は涼恵を見ていた。


 次の日、女性陣で買い物に出かけようという話をしていた。

「涼恵、最近はどうだ?」

 麻実に聞かれ、涼恵は「大丈夫ですよ」と笑った。

「何かあったらすぐに言ってね!」

「アハハ、ありがとうございます」

 舞華が後ろから抱き着いてくる。彼女はスキンシップが記也と同じぐらい激しいのだ。よく恋人のゴウとくっついているのを見かけている。

「舞華、あまりべたべたしない方がいいぞ……」

「ゴウさんと女の子にしかやってないもん」

「まぁ、そうだけど」

「舞華さんはこれぐらいがちょうどいいですよ」

 麻実が苦笑いを浮かべるが、羽菜はフォローを入れる。

「でも、涼恵も抵抗なくなってきたよね」

 ゆみの指摘に涼恵は「慣れた人なら大丈夫なんですよね」と笑った。

「じゃあ、私も抱きしめていい?」

「いいですよ」

 許可を得たゆみが抱きしめると、ほかの人達も抱き着いてきた。

「俺もいいかなー?」

「ダメに決まっているでしょう?」

 啓が涼恵に言うが、その前に兄に肩を掴まれた。その後ろで弟と守護者達も黒い笑顔を浮かべていた。

「……?私は構わないけど……」

「ダメでしょ!涼恵は女の子なんだから!せめて恋人かきょうだいとか幼馴染だけにしておきなさい!」

 涼恵が首を傾げていると、佑夜にそう注意された。そこにちゃっかり自分達も入っているのは気にしてはいけない。

「そうだぞ。まったく、涼恵は本当に警戒心がないんだから」

「だからこんな変態に目を付けられるんだよ」

「え?啓さんはヘンタイじゃないでしょ?」

 慎也と愛斗の言葉に、涼恵は目を丸くした。確かに、この子は不審者に狙われそうだ。

 抜けているところがあるからなー……。

 なんて思っていたが、

「あ、ヘビ」

 ペッペッ、といたって普通にヘビを追い払う涼恵を見て、みんな遠い目をした。

 そういやこの子、アトーンメントだったなぁ……。

 いざとなればなんとかなってしまいそうである。

「どうしたの?急に黙り込んで」

「いや……何でもないぜ」

 記也が笑いかける。涼恵は首を傾げていた。

 そのあと、買い物に出かける。その途中で蓮と会った。

「あ、涼恵ちゃん」

「蓮ちゃん。家に戻ってたの?」

「そうだね。家には母親と使用人と義明兄さんしかいないから、長期休みぐらいは戻らないと。涼恵ちゃんは使用人すらいないよな?」

「うん。あの事件でみんな逃げちゃったからね」

 お嬢様同士の会話を聞いていて、その場にいた人達は悲しげな表情を浮かべた。

 そういえば、成雲家の方も父親がやらかして彼女が当主になったんだっけ……。

「どうしたんだ?そこの人達は」

「いえ!……ねぇ、涼恵さん。今度、おうちに行ってもいいですか?」

 羽菜が提案する。涼恵が「え?まぁいいですけど……」と言うと、「じゃあ、みんなで行きましょう!」と希菜も笑った。

「兄さんとかにも許可を取った方がいいかも」

「もちろんそうするよ」

「涼恵さんの家……楽しみね」

 なぜかその方向で話が進んでしまったことに、涼恵は首を傾げる。

「そういえば、ここらへんでいい喫茶店とかない?」

 舞華が尋ねると、「ボクの知り合いのところでいいなら、いい場所がありますよ」と蓮は案内してくれた。

 「ファートル」と書かれた看板に入ると、一人の男性が出迎えた。

「いらっしゃい……って蓮か。おかえり。そこのお嬢さん達は?」

「ボクの知り合いです。丁度帰ってきていたので、顔を出そうと思っていて」

 彼は藤森 正平。りゅうの養父だ。その縁で蓮とも知り合いだった。

 涼恵はカウンター席に座り、彼に話しかける。

「……あの、もしかして……りゅう君の養父の方ですか?」

「りゅうを知ってんのか?」

 切り出し方が悪かったのか、警戒されてしまったと思った。

 これに関しては、涼恵は悪くない。りゅうの母方の親戚が遺産を無心してきたから、藤森は警戒しているのだ。そのことを涼恵は知っている。

「その……私、りゅう君のいとこの姉なんです。父方の方の……」

「いとこ……?」

「りゅう君から聞きました。母方の親戚にかなり無心されたみたいですね」

 涼恵は名刺とりゅうに渡される遺産の権利を彼の前に置く。

「これ、うちの祖父母とりゅう君の父が彼に遺していた遺産です。銀行の方に見せたらすぐに権利を移動させることが出来るので、渡しておきますね」

 ほかの人には内緒にしていてくださいね、と涼恵は忠告する。それも当たり前だ、領主である森岡家の遺産は腐るほどある。これを知られたら、さらに無心されるだろう。

「これ、どうしても生まれてくる我が子に渡したいって、りゅう君の父が言っていたものだったんです。ずっと預かっていたんですけど、ようやく渡せてよかった」

「そう、か……りゅうは森岡家の親戚だったのか?」

「えぇ、おじも研究員だったんですけど、一緒の職場だった彼の母親にお互い一目ぼれしたみたいです。それで、りゅう君を妊娠したからって本当は結婚する予定だったんです」

 コーヒーを飲みながら、涼恵は答える。

「りゅう君を引き取ってくれて、本当にありがとうございます。あの時は私達の方も余裕がなかったので」

「あーあー、事情は知ってるよ。……そっちも大変だったみたいだよな」

 二人で話していると、「すずちゃーん、ここのカレー、おいしいよ!」と舞華が言ってくれた。

「そうなんですか?……では、カレーも追加で」

 藤森に注文すると、彼は「あいよ」と笑ってすぐに用意してくれた。

「また来ますね」

 帰るとき、涼恵がそう言うと藤森は「あぁ、分かった」と見送ってくれた。


 戻ると、怜が出迎えてくれた。

「おかえり。荷物持つよ」

「え、いいんですか?」

 怜が涼恵の荷物を持つと、それを見ていた恵漣に「まるで夫婦のようですね」と真顔で言われた。

「な、なに言ってるの!?兄さん!まだ結婚してない!」

 涼恵は真っ赤な顔をしてそう答えた。

(あ、結婚することに関してはいいんだ)

 うれしいような恥ずかしいような……。

 恵漣は「フフッ」と笑ってその様子を見ていた。

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