少女の別の顔
夢を見た。
確か、十歳の時だっただろうか。突然、黒服の男達に布をかぶせられ、弟と一緒に白い部屋に連れてこられた。
「お、お兄ちゃん……?ここ、どこ……?」
蘭が涙を浮かべながら尋ねてくる。怜は「俺も分からない……」と首を振ると、突然大きなヘビを入れられた。アナコンダ、だろうか?
「ひっ……!?」
怜はとっさに蘭を庇うように抱きしめる。どこから見ているのか、笑い声が聞こえてきた。
「フフフ……お前達はどれぐらい生き残るかな?せいぜい楽しませてくれよ?」
その言葉で、自分達は殺されるのだと悟った。
「怖いよ……お兄ちゃん……」
少しずつ近づいてくるヘビにおびえている弟を、怜はギュッと強く抱きしめた。
「蘭、兄さんから離れないで」
怜は弟だけでも助けてやりたかった。もちろん怖いが、弟が生き残るならそれで構わなかった。
もう少しで絞められる……!と覚悟した時、突然そのヘビの喉にレイピアが刺さった。
「……え……?」
「まったく……嫌な予感がすると思ってきたら……」
コツ、コツ、と足音が聞こえてくる。振り返ると、灰色のフードを被った、自分達と同じぐらいの子供が近づいてきた。
「クズな大人の娯楽のために幼い子供を殺すなど、いくら悔い改めても許すまい」
ヘビに刺さったレイピアを蹴り上げ、その子はキャッチする。すると、目の前に男が現れた。
「チッ……邪魔が入ったか。しかし、そいつらは売られた奴だ、どう使おうがこちらの勝手だろ」
「ならば、彼らを奪い返すまで。この世のどこにも、こんな理不尽に殺されていい人間なんていない」
その子がレイピアを向けると、男は舌打ちをして、
「貴様に関わると面倒だ。そいつらは返すさ。だが、覚悟しておけ。必ず殺してやる」
そう言って、どこかに逃げてしまった。
そうやって助かったのだが、この一件で怜と蘭はヘビが苦手になってしまった。
目を覚ますと、隣で涼恵が心配そうにのぞき込んでいた。どうやら書庫で寝落ちしてしまっていたようだ。今日が休みでよかったと思う。
「大丈夫ですか?怜さん」
「あ、うん……大丈夫だよ……」
「でも、真っ青ですよ?何か嫌な夢でも見たんじゃないですか?」
的を射た発言にドキッとしたが、笑って「ううん、何でもないよ」とごまかした。
「そうですか?何かあったら言っていいんですからね?」
「うん、ありがと、涼恵」
トラウマであるあの夢を見て、本当は誰かに話してしまいたいが、涼恵にだけは弱気なところを見せたくなかった。
「もう深夜なので、部屋に戻りましょう?」
「そうだね……その、涼恵……言いにくいんだけど……」
「どうしました?」
「寝るまででいいから、一緒にいてくれない……?」
突然言われ、涼恵は目を丸くする。さすがに恋人とはいえ、迷惑かと思ったが、
「いいですよ」
小さく笑って頷いてくれた。
怜の部屋に行き、涼恵は近くの椅子に座った。
「寝たら戻りますね、兄さんに怒られそうなので」
「うん。……ごめんね、わがまま言って……」
「大丈夫ですよ。たまにはわがまま言ってほしいですもん」
その言葉に怜は寝ぼけながら笑った。
「おやすみなさい、いい夢を」
意識が落ちる直前、涼恵の優しい声が聞こえた。
次の日、怜が目を覚ますと涼恵の姿はなかった。先に食堂に行ったのだろうと思って向かうが、涼恵の姿はなかった。
「あ、怜さん。おはようございます」
「おはよう、恵漣。涼恵は?」
「涼恵なら、外の空気を吸ってくると言って行きましたよ。多分近くのベンチにいるんじゃないですか?」
「ありがとう」
涼恵の兄に言われた場所に行くと、見慣れた茶色の髪が見えた。
「涼恵」
声をかけると、涼恵は「あ、怜さん。おはようございます」と手を振った。
「昨日はありがとうね」
隣に座りながらお礼を言うと、「いえ、いいですよ。あれぐらい」と笑いかけてくれた。
「涼恵って、本当に優しいんだね」
「そんなことないですよ。ただ、不安がっている恋人を見たら放っておけなかっただけですよ」
そう言われて、怜は顔を赤くした。
「そ、そんなに不安そうだった?」
「えぇ、とても」
……もう少し顔に出ないようにすることが出来ないのかな……?
ほかの人達は気付かないのに、涼恵にはいつも気付かれてしまう。今だって、見透かされているのではと思うほどに。
「戻りましょうか」
そう言われ、怜は頷いた。
夜、皆が寝静まったころ。灰色のフードを被った子供が木の上に座っていた。この子がかの有名な「アトーンメント」だ。
「……「ヘビ使いの道化師」蛇谷 武夫……こいつが刺客か……」
魔法で調べながら呟く。
ふと見ると、近くにヘビがいた。
「……………………」
アトーンメントはそのヘビを掴み、遠くに投げ捨てる。
「まったく……こざかしい。あいつの使い魔が……」
苦々しく呟く。自分達を狙っているというのは明らかだった。
――まず狙われるのは、彼らか……。
利用するようで嫌なのだが、しばらくは泳がせておこうとため息をつく。
テスト当日、涼恵は余裕で解けた。それはいいのだが、
「ふぁぁ……」
「涼恵、寝不足か?」
あくびをする涼恵に、慎也は尋ねる。涼恵は「大丈夫だよ、慎也君」と眠たそうに笑った、
「ちょっと中庭に行こうか」
佑夜に提案され、「そうだね……」と頷いた。
きょうだいや幼馴染達と中庭に行くと、愛斗に「……何か分かったの?」と聞かれた。
「うん。でも、確信はないね」
「寝不足になるぐらい調べたんですね」
「まぁ、そうだね。ふぁぁ……」
涼恵はけだるげにしながら答える。実際、調べものをしていて寝不足なのは確かだ。
蓮と愛良もやって来て、「涼恵ちゃん、大丈夫か?」と心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ、それに今回は多少無理してでも「始末」しておきたいから」
普段の少女からは絶対に出ない言葉が聞こえてくる。しかし、それには理由があった。
「おー、贖罪の巫女様が怖いねぇ」
「愛良君?何か言った?」
「怖いって」
「当たり前だろ、愛良。涼恵ちゃんにとってはある種の因縁の相手なんだから」
そう、今回は涼恵にとって許せない相手だった。それこそ、刺し違えてでも殺したいほどに。だが、それは自分のためではない。
「それにしても、本当に他人のためだな」
「蓮ちゃんもね。……まぁ、当然と言えば当然だけど」
「それで、涼恵。一体どこまで分かったんですか?」
兄に聞かれ、涼恵は「ここまでは調べられたよ」と紙を渡す。
「それでさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいい?」
「なんだ?すず姉」
涼恵の頼みに、その場にいた人達はみなニヤリと笑った。
テストも終わった休日の朝。五階のトレーニングルームで孝と慎也と愛斗、それからゴウと記也の口から魂が抜けていた。
「終わった……」
「ちゃんと勉強はしろよ……」
蘭が苦笑いを浮かべながら運動をしていた。たまには男子組で身体を動かそうと佑夜が提案されたのだ。
「でも、意外だねー。佑夜から運動しようなんて提案があるなんてー」
「ボクも涼恵さんを守るために鍛えないといけないので」
啓の質問に佑夜が笑って答える。少し怪しい気がするが……。
「一応聞くが、何か企んでいるわけではなかろうな?」
実弘が睨むが、「まさか」と首を振った。
「そもそも、企んでいたとしても皆には害がないようなものですし」
「フーン……」
啓と怜は、その言葉がやけに引っかかった。
運動も終わり、シャワーを浴びて食堂に行くと、
「わぁああああ!?」
怜が真っ青な顔で悲鳴を上げた。それに真っ先に駆け付けたのは涼恵。
「ど、どうしました?怜さん」
「へ、へへへ、ヘビが……」
「ヘビ?」
涼恵が怜の指さす方を見ると、確かにヘビがいた。
「あー……待っててください。今捕獲するので」
涼恵がジリジリとヘビに近づく。その間にほかの人達も来てしまった。
「へ、ヘビ!?」
麻実が驚いた声を上げる。なんでヘビがこんなところにいるのだろうか?
そんなことは気にせず、涼恵が一定距離まで近づくとガシッ!とヘビの首元を掴んだ。
「とったどー!」
「さすがすず姉!見事だぜ!」
「いやなんで涼恵は平気なんだ?」
涼恵は笑顔でヘビを持ち上げた。デデーン!という効果音がつきそうだ。本当になんでヘビが大丈夫なんだ、このお嬢様は。
怜と蘭は震えながら涙目でヘビを見ていた。
「涼恵、ヘビを逃がして……涼恵?どうした?」
慎也がヘビを見たまま微動だにしない主君に声をかけると、
「いや……ヘビって食べられるんだよなぁって思って……」
「お前は純粋な瞳で何を言っているんだ。腹でも減っているのか?」
涼恵の発言にさすがの慎也も困った顔を浮かべた。
「ほら、あっちで怖がっている奴もいるんだからやめてあげろ」
怜と蘭を見ながら告げる慎也に涼恵は苦笑いを浮かべた。
「さすがに冗談だよ。ちゃんと逃がしてきます」
そう言っている間に、わずかに魔法が使われた気配がした。これはおそらく、自分達しか気づいていないだろう。
そうしてヘビを持ったまま、怜と蘭には見せないようにして外に出ようと慎也の横を通る時に、
「……慎也君、二人を狙っている輩がいる。気を付けて。今回は二人を守ることだけを考えてくれたらいいから」
「了解、佑夜達にも伝えておくよ」
誰にも聞かれないほどの小さな声で言ってきた主君に、同じように小さく頷いて答えた。
慎也は自然な形で佑夜と愛斗に声をかける。
「なぁ、たまには守護者同士で食べようぜ」
「いいけど、どうしたの?兄さん」
「涼恵を守るための守護者会議だよ。よくしてたろ?」
その言葉に、二人はピーンと来たらしい。
「分かったー!ボクも行くね!」
「うん、それならどんな戦い方がいいかとか話そうか」
二人は慎也の提案に乗り、離れた場所で朝食をとることにした。
「……それで?本当は会議じゃないんだろ、兄さん」
佑夜がパンを食べながら小さい声で言ってきた。慎也は「あぁ、悟ってくれてうれしいよ、二人とも」とコーンポタージュを飲みながら答えた。
「涼恵さんからどんな指示が出たの?」
「怜と蘭を守れ、だと」
「あの子らしいね」
まぁ、今回の相手に関しては自分達が出る幕などないだろう。何せあの涼恵が執念深く何年もかけて追っていた相手だ、下手に関わると怒られそうである。
「それに、あの子あぁ見えて強いもんねー」
愛斗がサラダを佑夜の方に移しながら答える。「おい、愛斗。ちゃんと食べろ」とそれに気付いている佑夜が怒る。まぁなんだかんだ食べるのだが。
「あいつ、本気で怒らせるとヤバいからなぁ……今回の奴は骨も残らず消されそうだ……」
「何か言った?慎也君?」
いつの間にいたのか、背後に涼恵が立っていた。「うおっ!?」とさすがの慎也も驚く。
「涼恵、心臓に悪いから気配を消して後ろに立ってんのはやめてくれ……」
「ウフフ、ごめんなさい。かなり無防備で話し合いをしていたものだから、つい」
「つい、でやるのはやめてよ……本当に怖いんだから」
双子が苦笑いを浮かべる。愛斗もニコニコとしているが、冷や汗を流しているようだった。
なんの話をしているのか分かっているのだろう、言及はせずに隣に座る。
「おねえちゃーん!」
「亜花梨ちゃん、どうしたの?」
後ろからくっついた妹に、涼恵は笑いながら頭を撫でた。
「かまってー!最近忙しそうだったから言えなかったのー」
「よしよし。テストもあったし、お姉ちゃんも調べものがあったからねー。でも、近いうちに一日空くと思うから、その時にゆっくり遊ぼうね」
「やったー!」
約束すると、亜花梨は大喜びしながら記也のところに向かった。
「おう!亜花梨、どうしたんだ?」
「記也お兄ちゃん、お姉ちゃん今度遊んでくれるって!」
「マジで!?だったらそれまでに宿題とか終わらせておくぜ!」
年下のきょうだい同士で何か計画を立てているようだ。それを微笑ましく涼恵は見ていた。
それから一週間後の休日。それは起きた。
「あれ?涼恵は?」
「ちょっと出かけてくるって言ってたぞー」
ゆみの質問に慎也が答える。それを聞いて、疑問に思った。
――あれ?涼恵って一人じゃ出歩けないんじゃなかった?
だが、嘘をついているようにも見えない。克服して一人で出かけられるようになった?いや、でも昨日も怜の後ろに隠れていた。あれが演技とも思えないし……。
みんなでそんな思考をしていると、足元に何かが通った。恐る恐る見てみると……、
「うわぁあああああ!」
そう、またヘビがいたのだ。二週も連続で出てくるなんて、こんな偶然あり得ない。
すると、目の前に男が現れた。怜と蘭は、その男に見覚えがあった。
「お前……!」
「ククッ……前は邪魔が入ったが……今度こそ殺させてもらうぞ」
そう、この男はかつて怜と蘭の命を奪おうとした男――蛇谷 武夫だった。
「怜、こいつらは?」
「話はあとです!早く逃げて……!」
「逃がすか。行け、ヘビ達」
蛇谷がそう言うと、ヘビ達は怜と蘭に向かって襲い掛かってきた。その時、
ビュン!
そんな風切り音が聞こえてきたと思うと、あの時と同じくヘビの首にレイピアが刺さっていた。
「まったく、貴様も懲りないな。ずいぶん探した」
コツッ、コツッとこれまたあの時と同じ足音が聞こえてきた。振り返ると、フードを被った人が歩いてきていた。
「チッ。アトーンメントか」
「おや?ボクの名前を覚えていたんだな」
フフッ、とその人は笑う。この人が、かの有名なアトーンメント……。
アトーンメントは庇うように怜達の前に出た。
「あの時から、貴様は悔い改めていないみたいだな。罪なき者を殺すなど、言語道断。今度こそ、その罪を償わせてやる」
「クッ……!こんの……!」
蛇谷が風魔法を使うと、突風が吹き荒れた。その風で、その人のフードが外れる。
長い、茶色の髪がたなびく。そのきれいな髪には見覚えがあった。
「おー、怖い怖い。女性に暴力なんて、ボクじゃなければ訴えられているよ」
「なっ……!貴様、森岡の……!」
――そう、涼恵だった。
いつもの面影はどこに行ったのか、勇敢に立っている涼恵はまるで別人だ。
「先週のヘビ事件……あれであんたが近いうちに襲撃してくると思ったよ。泳がせておいて正解だった」
涼恵がレイピアを蹴り上げ、キャッチする。
「今度こそ、逃がしはしないよ。ボクが直接決着をつけてあげる」
そして、それを向けてニコッと笑った。
「涼恵さん、ボク達も」
「こっちは私一人で十分。佑夜君達はみんなを守ってて」
「でも」
「命令よ、みんなを守りなさい」
命令、という言葉に佑夜はビクッと震える。蓮と涼恵はお嬢様だが、命令なんて言葉は滅多に使わないからだ。
「……っ。だったらさ、手助けだけはいい?」
愛斗の言葉に、涼恵は「……まぁ、いいわ。だったら一人だけサポートしてくれる?」とため息をついた。
「よし。佑夜、任せたよ」
「お前がやれよ」
「だって、サポート役君の方がいいでしょ?」
「ボクはサポートより戦闘の方が得意なんだけど?」
「でも実際、佑夜の方がいいだろ?」
ため息をつくが、実際涼恵と一番息の合う佑夜の方が適任であるのは確かだ。佑夜は涼恵の隣に立つ。
「慎也君、愛斗君、多分ヘビの増援が来る場所が左右それぞれ四か所あると思う。兄さんと記也も気を付けて」
「了解」
「亜花梨ちゃん、蓮ちゃんを呼んできてくれる?」
「うん、分かった」
亜花梨が下の階に向かったのを確認して、涼恵と佑夜はレイピアを握った。
「さてと……蓮ちゃんが来るまでにやっちゃおうか、佑夜君」
「そうだね、涼恵と一緒ならすぐに倒せるよ」
ニヤリと、二人は悪人の笑みを浮かべる。これではどっちが悪役なのかが分からない。
「佑夜君、前にもヘビが出てくるところがあるね。気を付けて」
「分かった、涼恵も無理しないようにね」
警告と同時に、二人は動き出す。
襲ってくるヘビを切り刻み、蛇谷に近づく。
「さすがだね、涼恵!」
「私だってだてに戦っていないからね!慎也君、右!」
涼恵の指示に、慎也は「了解!」と出てきたヘビを斬った。
「さすがだね。ボクも頑張んないと、ね!」
愛斗も同じように斬った。記也と恵漣も倒していっていた。
「くそっ。森岡の奴ら、一番弱いんじゃなかったのかよ……!」
「確かに成雲家と比べたら弱いけど……外道相手に負けるとは一言も言っていないよね?」
何せ森岡家は「贖罪の巫女」の家系だ。成雲家の「断罪の巫女」とはわけが違う。
悔い改める者を許し、もう一度チャンスを与える者……それが森岡家の役目なのだ。成雲家に狙われた人間とは違い、まだ助かる道はある。
だからこそ、怒らせたら怖いことになるのだ。
「それで?聞きたいことはそれだけかしら?」
涼恵はニコリと素晴らしいほど悪魔の笑みを浮かべた。いつの間にか、蛇谷はねじ伏せられていた。
「貴様……!」
「何よ、その目は。殺そうとするのならば、殺される覚悟もあるんでしょ?」
恨めしげな瞳に涼恵は冷たい視線を送る。外道には容赦がないのがこのお嬢様達なのだ。
「私だって、森岡の名にかけてまだ死ぬわけにはいかないの。悔い改め、今度こそ更生するというのならば命だけは助けてあげる」
森岡家はあくまで贖罪の巫女の家系。罪を認め、悔い改める者には手を差し伸べるのだ。
しかし、蛇谷は「フン」と鼻で笑った。
「そいつらだって、父親に売られた奴なんだよ。それを有効利用するのは当然だろ?」
「ふぅん。で?言い訳はそれだけ?反吐が出る答えだね」
レイピアを蛇谷の首に突き付ける。
しかし、急にヘビが飛んできてそれを避けるために涼恵も離れる。
「おっと……まだ戦う気力があるんだねぇ」
蛇谷が立ち上がったのを見て、佑夜が涼恵の前に立つ。しかし、涼恵は彼の肩を掴んだ。
「大丈夫、佑夜君」
「……了解」
あくまで自分で決着をつけるらしい。佑夜は一歩下がる。
「そいつらは殺させてもらうぜ!」
そう言いながら、蛇谷は怜と蘭に走っていく。しかし、刺そうとしたところで見えない壁に当たり、倒れこむ。
「対策していないと思っていた?二人が狙われていると分かっているのにさ」
涼恵がゆっくり近づいてくる。
「こいつらは死んでもいいんだよ!なんてったって父親に売られたんだからな!」
「違う!」
下卑た笑みに、涼恵ははっきりと否定する。
「この世界に、理不尽に殺されていい人間なんていない!あんたの基準で他人の生死を決めるな!」
「そこの黒白の髪の男なんて、弟を守ろうと自分を身代わりにしようとしてたな。貴様が来なかったら苦しむ姿が見れたのに」
「あんた達みたいな外道の娯楽のために、二人は生まれたわけじゃない!勘違いするな!」
その言葉に、怜は救われた気がした。同時に、涼恵はすでに、自分達のことも気付いていたのだと分かった。
「あんたには分からないよ!信じていた人に裏切られて捨てられた子供の気持ちなんて!」
涼恵は泣いていた。
――涼恵も両親を信じていたが、殺されそうになった。同じように怜も父親をどこかで信じていたが、捨てられた。
(あぁ、そうか……)
自分達は似た者同士だったのか。
「よく言ったね、涼恵」
その時、闇魔法が蛇谷に飛んできた。誰がそれを放ったかなんて、すぐに分かる。
「蓮ちゃん……」
「よく頑張ったね、ここからは一緒に戦おう」
そう、蓮だ。その後ろから愛良も来ていた。
追い詰められた蛇谷は半ばやけくそにヘビを放った。しかし、蓮と愛良は涼恵より強い、簡単に倒していった。
今度こそ、涼恵は蛇谷の首にレイピアと突き付ける。
「そういえば、あんたに聞きたいことがあるの。霜月とうちの両親の居場所について教えてくれる?」
「は?し、知らねぇよ」
「はぁ……まぁいいわ。ただ確認したかっただけだし」
ため息をつき、涼恵はにらみつけた。
「一分間あげる。神に懺悔なさい。内容によっては許してあげないこともないわ」
冷たい目で告げる彼女に、蛇谷は罵詈雑言を浴びせる。
「ふざけんな!せめて貴様だけでも道連れに」
「……残念ね」
言い終わる前に、涼恵は斬り捨てた。
「懺悔の一つでもあれば、少しでも長く……それこそ私を道連れに出来るぐらいは生きられたのにね」
「とどめは任せて。こいつ、愛良と一緒に情報を聞き出すから」
「それなら、キキョウに任せたらいいんじゃないか?」
蓮と愛良が倒れた蛇谷を連れて行ってしまった。
それを見届けた涼恵がみんなに近づく。
「えっと……涼恵って、一人じゃ出歩けないんじゃなかったか?」
当然ながら実弘に聞かれる。涼恵は「あ、その……」と怯えたように震えて答える。
「こ、この姿なら出歩けるんです……か、顔、見られないし……」
「だから、「アトーンメント」として夜に情報収集をしていたんですよ」
恵漣も涼恵を庇いながら答えた。実際、顔までフードを被らないと涼恵は一人で出かけられない。
「す、すすすすみませんーー!」
涼恵はそのまま、自室に走り去っていく。
「あー……あぁなったらしばらく出てこないんだよなぁ……」
慎也が困ったような表情をする。顔を見られると、悪人には凛としていられるがそのあとすぐに逃げてしまうらしい。
「すずちゃんらしい……」
舞華が苦笑いを浮かべる。正義感は強いが、恥ずかしがり屋でやはり人前には出られないところが涼恵らしい。
怜は涼恵の部屋に行く。ノックをするが、反応はない。
「おーい、涼恵」
「…………」
「……アトーンメント」
「……なんだ?」
どうやら今はアトーンメントの気分が抜けていないらしい。少年らしい声で彼女は答えた。
「さっきはありがとう、助けてくれて」
「別に、ボクは善良な民の味方だ。お礼を言われるほどのものじゃない」
「でも、君は俺達を二回も助けてくれた」
あの時、自分は死を悟っていた。弟を守りたい一心で覚悟していた。そこに、彼女はヒーローのように颯爽と現れた。
あの時は、お礼なんて言えなかったが。
「……本当に、ありがとう、涼恵」
そう言うと、部屋の中で息をのむ音が聞こえた。
部屋の扉が開く。怜が入ると、涼恵は抱き着いてきた。
「わっ。どうしたの?」
「……こ、怖かったー……」
小さく震えている涼恵に、怜は優しく頭を撫でた。
「うん、大丈夫。もう一人じゃないからね」
そりゃそうだと、怜は思う。あんな奴らと対峙していて、怖くないわけがないだろう。
――ヘビ嫌い、克服しよう……。
慎也達に任されたのに、逆に守られては意味がない。自分ももう少し強くならないといけないと怜は思った。