異変
駅通りを進むと、北柳通りに着いた。
無数に生えた柳の木と、川にまたがる何本かの橋が見える。普通の街中では見ることが出来ない光景だ。
北柳通りに掛かっている王橋の前で、彼氏は車にひかれた。この通りが事故現場だと思うと、どうしても思い出してしまう。
「愛菜! 見て見て! 川にコイがいるよ! コイよ! ここに来い!」
「は、はは」
笑える気分でもなく、反応に困ったので、歩みを進める。
「あ! ねぇ愛菜! カニクリームコロッケ食べてみない? クリームコロッケの中に、カニが贅沢に入っているんだって!」
「良いよ。食べてみよっか」
「やったぁ! さっきカニを食べた、駅通りに戻るんだけど、良いよね?」
「うん。分かった」
何でさっき言わなかったんだろうって思った。食べようかどうしようか悩んでいたのかな?
歩いた道を戻り、駅通りへ。カニクリームコロッケを購入した。
「熱っ!」
「大丈夫? 出来立てだから、中のクリームがアツアツなんだね」
「いやホントに! 少し噛んだら水鉄砲みたいに勢いよく出てきた! ビックリした〜!」
コロッケの衣を軽く噛むと、湯気を感じた。
注意しながら少しずつクリームの部分を舐めるように食べる。カニの風味が乗り、濃厚なクリームが、たまらなく美味しい。
そして極め付けは、クリームの中へ贅沢に入っているカニの身。
コロッケの衣+クリーム+カニの身を同時に食べることによって生み出されるハーモニーは、最高だった。
「いや〜! 本当に美味しかった! あっという間だったね!」
「そうだね。本当に、美味しいものを食べるって、幸せなことだよね」
「……ねぇ! 愛菜? 1つ、聞いても良いかな?」
「……どうしたの?」
聞かれることは、覚悟していた。
「何か、私に隠し事してるでしょ?」
「……やっぱり、バレてたか」
「そりゃあ! 分かるよ! 北柳通りに来た時とか、さっき駅の改札口でカニの腕と写真撮っていた時とか、特急列車に乗っていた時だって、何度か思い詰めた表情してたもん! 辛そうな顔してたよ!」
「そっか……そうだよね。ごめん」これ以外の言葉が出てこなかった。
「愛菜が誰にも話せない気持ち、分かる!
悩みを言うことで、辛い気持ちにさせてしまうかもしれない!」
思わず、俯いてしまう。
「でもね、愛菜! 知ってる? 悩みを聞くことは、相手の責任を共有することって! 覚悟が無いなら、聞いちゃいけないって!」
「芽衣は、覚悟があるの?」
「あるよ! 私、愛菜の悩み、聞きたい! 聞いて、一緒に考えたい! だって!」
ガタッ!
「愛菜は、私の親友だから!」
芽衣は、椅子から立ち上がった。強く訴える表情をして、真っ直ぐ愛菜を見つめた。
「ごめん! もちろん! 絶対に言ってくれとは言えないからさ! 愛菜が嫌なら、言わなくていい! 私には、踏み込む資格なんて無いからさ!」
「ありがとう。芽衣の気持ち、伝わったよ。親友と思っていてくれて、嬉しい。話すよ。芽衣に。過去のこと」
「愛菜……! こ、ここで話すのも何だからさ、カフェに入って話そうよ! 駅通りを戻ったところに、落ち着いた雰囲気のカフェがあったからさ!」
「気遣ってくれて、ありがとう」
「じゃあ、さっそく行こ!」
駅通りを戻り『コーヒーショップ ナベ』へ入店した。
茶色ベースの喫茶店で、隅々に木彫りの置物が置かれている。店内にジャズが流れていた。
「今から話すことは、誰にも話したことが無いことなの。このまま誰にも話さずに、私の中で留めておきたかった。でも、もう限界」
「そうだよね……そんな顔していたもん!
でも、大丈夫! 私が受け止める!」
「ありがとう。話すね」
深呼吸した。これで私は、楽になれるかもしれない。
「私ね、彼氏がいたの。3年前、城崎温泉へ行った時、車にひかれて亡くなったの」