極上のカニ
「今日は早めにチェックインして、温泉巡りしよう。その他のところは、明日行くようにしよっか!」
「うん」
さっき天気予報を見たら、今日が降水確率20%。明日が30%だった。
明日はどうしても行きたい場所がある。その場所は、芽衣にまだ言っていない。明日、チェックアウトした後に何気なく言えばいいやと思っていた。時間もあるだろうし。
今日は1日中、城崎温泉を満喫したい。
「ねぇ愛菜! そういえばお昼ご飯、まだだったね」
「あっ。ホントだ」
ぐー
「はははっ! 愛菜ってば、お腹鳴ってる! よし! せっかく城崎に来たわけだし、美味しい海鮮を食べよう!」
「うんうん。そうしよう」
鳴り出したお腹を抑え、温泉街の駅通りへと歩き始めた。
「凄い! 少し歩いただけで海鮮のお店がいっぱいある! うわ凄い! カニが1000円ちょっと出せば食べられるよ!」
「ホントだね。 3年前に比べて、同じ店もあれば、新しく出来た店もあるなぁ……」
「ねぇ愛菜! この店はどう? 2800円出せば、大きいカニが1匹食べられるみたい! 2人で食べない?」
「1人1400円でガッツリ カニ が食べられるのはいいね。行こっか」
ガラララ
「へいっ! いらっしゃいっ! 何名様だい?」
「2名で!」
「あいよっ! こちらの席でっ!」
「了解した!」
「本日はご来店ありがとうっ! 注文が決まったら声をかけ……」
「大きいカニを1匹お願い!」
「おっ! 大きいカニを2人で食べるのかっ! 姉ちゃんたちっ! 良いセンスしてるねっ?」
「あたぼーよ!」
「最っ高の大きいカニを用意してやるから、そこで待ってなっ!」
「期待してるよ! オッチャン!」
店員のオッチャンと息の良い会話をしたせいで、店内の目線が私たちに集中していた。
「カニの大1つっ! おい仙波! とびきり大きいのを頼むっ!」と、オッチャンは厨房へ向かって叫び、すぐさま次のお客さんの接客へ行った。
「ちょっと芽衣……ノリノリすぎない?」
「いいのいいの! これくらいノリノリの方が楽しいでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
厨房から、3度見されたような目線を感じる。
結局、カニを用意するのは、オッチャンじゃなくて厨房にいる仙波さんっていう人だもんなぁ……。そりゃあどんな人がカニを注文したか、見てみたいと思うよね。
「へいお待ちっ! カニ酢をかけて召し上がれっ!」
ドンッ!
「わぁ!」
見覚えのある、赤い甲羅と腕、足が皿いっぱいに並べられた。見え隠れしている、プリプリの身が食欲をそそる。カニ味噌は、ほとんどが抜かれていたが、少し残っている部分があった。今にもヨダレが垂れてきそう。これは間違いなく大きいカニ1匹分そのものだ。
こんなに贅沢をしてしまって良いのだろうか。
「早く食べよ! いただきます!」
限界を迎えた私と芽衣は、目の前のカニへ食らいついた。
カニスプーンを使って剥ぎ取るのが夢中になる。上手く剥ぎ取ったプリプリの身を、カニ酢に漬けてから贅沢に口へと運んでいく。それはまるで、頬っぺたが落ちそうなほどの『極上』だった。
あまりの美味しさに言葉を失った私は、無我夢中になった。カニスプーンを巧みに使い、身を剥ぎ取り口へ運ぶ。
「美味しい〜〜!」と芽衣から叫びが聞こえた。私も笑顔になり、幸せの絶頂を迎えた。
「ん?」
厨房から、再び目線を感じた。
笑顔になっている芽衣から目を逸らし、店の厨房を覗いた。
少し痩せていて、高い身長の男がいた。
帽子を被っていてよく見えなかったが、どこかで会ったことがある気がした。
でも、どこで会ったかは思い出せない。そもそも、気のせいかもしれない。
あの人が仙波さんなのだろうか……? でも私は、仙波さんという名前の人を知らない。
これ以上考えるのをやめよう。再び目の前にあるカニを夢中で頬張り始めた。