始まりの特急列車
「ごめ〜ん! お待たせ!」
待ち合わせの10分前に、キャリーバッグを滑らせて近づいてくる茶髪ショートカットの女性は、私の親友 芽衣だ。
「はぁはぁ……! ごめんね! 待った!?」
「いや、全然待っていないよ。私も5分前に来たところ」と言ったが嘘だった。本当は1時間前に着いていた。家にいても落ち着かなかったから。
「そっか! 良かった! じゃあ行こっか!」
2022年9月。私は芽衣と、少し早い卒業旅行へ出掛ける。
大阪駅の改札口を抜け、特急列車『こうのとり』の指定された席へ乗り込んだ。
「へ〜。そうなんだ。福祉の仕事に決まったんだね」
「そうなのよ〜〜! それでね、働く前から仕事を見た方が良いっていうことで、アルバイトとして働き始めたんだ! まあ、大学の単位も、ほとんど取り終わっているし、もう良いかな〜って! 結構楽しいよ!」
「へぇ〜」
「でもね! 明日の夜、会社から電話がかかってくるんだ……防災訓練だって! 夜の何時かは分からない」
「え? アルバイトでも参加しないといけないんだ」
「ウチの会社が病院と関わりが深い会社でさ〜〜! まあ、しょうがないよね! 絶対に出るようにしないとだ!」
言葉に反して顔が引きつっていた。休みの旅行中に電話かかってくるのがよっぽど嫌なんだろうな。
「何か、ごめんね……」
「気にしないで! 2人が空いていた日がこの日しか無かったし、何ヶ月も前から予定組んでたわけだから! はぁ……」
めちゃくちゃしんどそう。
「でも今日は楽しみだな〜! だって、人生で初めての城崎温泉だもんっ!」
「本当だね〜。私は3年ぶりかな。楽しみだよ」
「愛菜は3年前も行ったことあったんだね!」
「うん……色々あったけど」
そう。本当に色々あったのだ。3年前にあった出来事は、まだ芽衣に話したことが無かった。
「ねぇ! 見て見て! 愛菜! 田舎だ!」
「うわぁ。凄い。本当に何もないね」
列車の窓から覗いてみると、一面の緑が広がっている。
まるで森の中を、鳥が全速力で走っているようだ。
「地図を開けると、豊岡駅に着くみたい! もう少しだよ!」
「そうか。もう少し……なんだね」
緊張してきた。
あの日から、何も踏み出せていない。私の時は、3年前から止まったままだ。
「愛菜!? 大丈夫!? 思い詰めたような顔しているけど!」
「あぁ……ごめんね。芽衣。大丈夫。気にしないで」
もう終わりにしなければいけない。