記憶の中で生きる
鴻の湯を出て、木屋町通りの夜景を眺めながら、のんびり歩いていた。
「やあ。また会いましたね」
「え?」
背後から声をかけられた。背筋がゾクッと震えた。
振り返ると、どこかで見たことがあるお兄さんが立っていた。
「あ! この人、カニの店の厨房に立っていた人だ!」
「その通りです。仙波って呼ばれていた人は、僕のことです。愛菜さんを見た時から、ずっと話したいと思ってました」
私に目を向けて、仙波さんは言った。
「え! もしかして、ナンパ!?」
「違います違います笑 僕はそういうのに興味ないんで。。アナタたちとどうしても喋りたかったので、後を着けてしまったこともありました。申し訳ございません」
「え! そうだったのぉ! ストーカーじゃん!」
「はい。ストーカーです」
あっさり認めちゃった! ヤバいよこの人……。
そもそも何で私の名前を知ってるの?
変な人だと思ったので「あなたは何者なの?」と聞いてみた。
「僕は城崎に住んでいる、ただの人ですよ。3年前の事件が忘れられないんです。夜はいつもこの川へ来て、忘れないようにしています」
3年前……?
私の彼氏が車で轢かれたのも、3年前だ。
待てよ……?
カニの店で見た時から思っていた。
どこかで、見たことがあると。
「……愛菜?」
そっか。
「思い出したよ」
間違いない。
「あの日に、写真を撮ってくれた、お兄さんですね」
「そうですよ。思い出してくれてありがとうございます」
「私のこと、覚えていたんですね」
「当たり前じゃないですか。忘れるわけがないです。僕が2人の幸せを奪ってしまったんで」
「どういうことですか?」
「僕があの時、写真撮影に付き合ってもらわなければ、こんなことにはならなかった」
!?
衝撃だった。
仙波さんは、自分が全て悪いと受け止め、今日まで生きてきたのか。
「君には生涯をかけて償いたいと思っていました。でも、あの事件の後、君は意識を失い、僕は連れて行かれました。元々、赤の他人だった僕たちは、連絡を取る術がありませんでした。
仙波さんの声は少し上擦っていた。心の奥底から錘を吐き出すかのように。
「でも、君はまた現れました。3年前に事件があった、この場所で再開出来ました。良かったです。本当に良かったです」
仙波さんは地面に両膝を付け、両手を揃えて地面に置き、頭を下げた。
「最初にこれだけは言わせてください! 3年前は! 本当に申し訳ございませんでした! 僕が写真撮影を誘わなければ! 君たちは今でも幸せなはずでした!」
「やめてください」
「……え?」
「私も蓮も、仙波さんのせいだと思ってないです。だからやめてください」
「嫌だ! あれは僕が悪い!」
「もう辞めてください。仙波さんがそう思っていたら、蓮も悲しみます」
「……うわぁ。うわぁぁぁん!!」
仙波さんは大声をあげて泣いた。私も芽衣も、泣いた。
泣いてから15分くらい経った。仙波さんが再び口を開けた。
「やっぱり色々考えますよ。あの日、写真撮影をしてくださいって言わなければ良かったとか、車が接近した時、無理矢理でも道路の内側に来てもらえたら良かった。とかね」
仙波さんは15分前と違い、落ち着いていた。
「起こってしまったことは、どうすることも出来ないじゃないですか。じゃあ何をするか。向き合っていくしか無いんです。それが、彼に対する唯一の供養であり、生きた証なんです。私たちは、彼の分まで生きないといけないんです。幸せにならないといけません。彼のことを忘れないまま。それがつまり……
仙波さんは私を見つめた。
「彼と一緒に幸せになる。ということです」
そうだ。本当に、その通りだ。
蓮も、私たちの幸せを望んでいるに違いなかった。
「僕自身もまだ出来ていないんですけどね。幸せになることが」
旅人は、川を見て一息付く。
「私もですよ」
「愛菜さんもですか」
「そうですよ。私もあの日から、立ち直れないままです。ずっと時が止まっています」
「そうなんですね。じゃあ、僕と一緒ですね」
「本当ですね」
「これも何かのご縁です。連絡先を交換しましょう」
「良いですよ」
「ありがとうございます。あなたと再会出来て、僕の中の何かが動き始めた気がします」
「私もです」
仙波さんと連絡先を交換した。
「ありがとうございました。また城崎に来てください。いつでも待ってますから」
「はい。いつか絶対。また来ます」
仙波さんは踵を返し、街中へ消えていった。
私たちは手を振り、仙波さんを見送った。
「よし! じゃあ旅館に帰ろっか! 帰って寝なきゃだし!」
「そうだね」
私たちは旅館の方向を向き、歩き始めた。




