夜の木屋町通り
私と芽衣は『鴻の湯』に向かい、木屋町通りを歩いていた。
夜の川は街を反射し、幻想的な光景を作り出していた。
「愛菜! 一旦この辺りで止まってもいい?」と、川を眺めながら言った。
「良いよ。本当に綺麗な川だね」
芽衣は目を瞑り、大きく深呼吸した。
「アタシね! 滋賀の高島に住んでいるんだけど、小さい時から自然の中へ連れて行ってもらっていたんだ! その時に、自然の接し方を色々と教えてもらったの!」
空の遠くへ目線を向けながら、芽衣は言った。どこか悲しそうな顔をしていた。
「自然は見るのも好きだけど、私は『聴く』方が好きかな!」
「音か……。ホントだ。耳を澄ますと、鈴虫の音とか、川の音とか聴こえる」
「その音を、耳だけで聴こうとするのは勿体ないよ!」
芽衣は両手と両足を大きく開け、深く深呼吸する時のポーズを取った。
「鈴虫の音ってさ! 耳だけで聞いているんじゃないんだよ! 頭のてっぺんから、足のつま先まで。振動を『聴いている』んだよ!」
芽衣は、息を大きく吸い、吐いた。
その姿は、森に生えている木のように、自然と一体化していた。
「体全身で音を聴く……か。私もやってみる!」
両手と両足を大きく開けた。森に生えている木のように……自然と一体化した。
川のせせらぎ、鈴虫などの『自然の音』を、目を瞑り、体全身で『聴いた』。
足の裏側から少しずつ登ってくるような。体内中を駆け巡り、指の先端や頭のてっぺんから放出される。
無数に循環され、体内がマイナスイオンに満たされた。日々の悩みや不満が、蒸気となって身体から放出されていく。
「ね? 自然の音って、不思議でしょ?」
「本当だね。身体が洗われていく気がして、気持ちいい」
「アタシね! 何度も都会に憧れて、滋賀の高島から出ようと考えていた! でも、出来なかった! 自然の音が聴けなくなるのが怖かったんだ!」
「そうだったんだ」
「不安や悩みがあった日は、必ず自然と向き合う時間を作るようにした! 大体の悩みは解決出来て、不安はどうでも良くなる! 頭の中をリセットすることが出来るから!」
芽衣は思い詰めた表情で、こちらを見つめた。
「だから、愛菜! 今日、ここで感じたことは忘れないでね! 何かあったら、自然を頼ってね!」
「分かった。もっと自然を頼る。ありがとう」
「よし! そろそろ鴻の湯に向かおっか!」
芽衣は歩みを進めた。
私も後を追い、歩き始めようとした時だった。
「久しぶりだね。愛菜ちゃん」
「え……?」
声がした方を振り向いた。
柳の木の下で、蓮が立っていた。




