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騎士物語  作者: 連星れん
前編
9/72

大陸暦1527年――02 名誉の傷1


 星王国星都せいおうこくせいと

 その中央区画の外れにある中央監獄棟に、帝国軍捕虜であるセドナ・バルゼアが収監されて半月余りが経っていた。


 セドナが収監された場所は、牢屋ではなく、小さな小部屋。

 捕虜は身分相応の待遇を受けなければならない――これは調停者が定めた大陸法ではなく、各国が定めた戦時の捕虜法に基づいている。

 セドナの実家バルゼア家は、爵位はないものの、歴とした帝国貴族である。さらに小隊の副小隊長でもあった彼女に個室を与えられるのは、当然のことだった。

 けれどセドナは、この待遇は自分に相応しくないと思っている。自分など牢屋の中で十分だと。だが心身共に消耗している今の彼女には、異議申し立てするほどの気力は残されていなかった。


 セドナは毎日、居心地が悪そうにベッドに腰をかけて一日を過ごしていた。

 目の先には監獄の鉄扉。鉄棒が三本ついた四角い小窓が一つ付いている。扉の外に衛兵はいるが、鉄扉に鍵はかかっていない。捕虜の態度に問題がなければ、施錠はされないのだ。

 それだけではない。戦時捕虜には獄吏同行の元、棟内の庭を自由に歩き回れる権利も与えられている。その際には縄を繋がれることもない。それは捕虜を人として尊重する意味合いもあるが、そもそもまず逃げだそうと考えるものがいないのも理由だった。

 もし捕虜が脱走し捕まった場合、そのものは捕虜法に基づき死罪となる。どんな理由があろうとも、弁解の余地も与えられない。だから人並みの待遇を与えられている戦時捕虜が、わざわざ危険を冒してまで自由を求めることはないのだ。

 捕虜たちはみな理解している。時が来れば必ず解放されることを。


 そう、処刑が決まっている人間以外は――。


 セドナがぼうとしていると、部屋の扉が叩かれた。彼女にはそれが誰だか分かっている。そしてその人物は、律儀なのか、捕虜を尊重しているのか、返事を返さなければいつまでたっても入ってはこない。

 だからセドナは仕方なく「どうぞ」と応答した。

 外にいた人物は元気よく「失礼します!」と言うと、扉を開けて部屋に入ってきた。そして戸口に立ち、かかとを揃えてから、拳を軽く握って右腕を胸の前に掲げ、敬礼の形をとる。


「サーミル獄吏官長付き、マルル・ホルマル獄吏官です!」


 それは陰鬱な部屋の雰囲気を吹き飛ばすような、晴れやかな声だった。

 目の前には、まるでこの世の不条理など何一つ知らないような、純粋で濁りのない笑顔を浮かべる女性が立っている。

 女性――マルル・ホルマル獄吏官は、セドナの担当獄吏官だ。

 年齢はまだ若い。恐らく十代後半だろうとセドナは考えている。彼女は存在自体が非常に溌剌としており、戦時外では囚人や犯罪者を収監する監獄棟には、およそ似つかわしくない人物のように感じられる。

 だがその若さで長の付きをしているのだから、見た目に反して優秀なのかもしれない――とセドナはここまで考えて、すぐに失礼だったと考えを取り下げた。

 外見や性別、身分や年齢のみで判断されることはセドナが散々、士官学校や軍で体験してきたことだ。剣よりも、高弁を振るうのが得意な騎士もどきに――。

 ホルマル獄吏官は続けて言った。


「帝国軍捕虜セドナ・バルゼア殿の定期調査に参りました!」


 定期調査は捕虜の待遇改善の要望を聞いたり、衛兵や獄吏による虐待などを取り締まるためのものだ。これは調停者が定めた大陸法に基づく。

 定期調査は半月に一度を目処に行われる。

 つまりセドナは今日が初めての定期調査になる。

 大陸法を暗記しているセドナは、定期調査についての知識はあったが、調査担当が担当獄吏と同じだということに少しばかり驚いた。

 確かに担当については大陸法に詳細な指定はない。

 だが普通に考えて、同じ人間が調査も獄吏も担当してしまうと、獄吏の虐待が取り締まれなくなる。そのことから獄吏とは別の人間が担当するものだと、セドナは思っていたのだ。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、はたまたいつもの口上なのか、ホルマル獄吏官は言った。


「自分は調査官も兼任しておりまして、担当についても代役を立てず調査を行うようにと、サーミル獄吏官長から仰せつかっております!」


 つまり言葉から読み取るに、ホルマル獄吏官は囚人や捕虜に対して虐待をおこなう心配がない、と彼女の上官である獄吏官長が判断している、ということなのだろう。

 上官に信頼されているのだな、とセドナは思った。


「ということで、宜しくお願いします!」ホルマル獄吏官はぺこりとお辞儀をすると、部屋を見渡しながら言った。「まずはいくつか質問に答えて頂くのですが、ええと椅子は」


 それを聞いて、セドナは一気に憂鬱になった。

 尋問は黙っていれば必ず終わる。時間制だからだ。

 だが今回は質問に答えなければ、定期調査は終わらないだろう。


「改善要望はありませんし、虐待も受けていません」


 セドナは少しの可能性にかけ、それを口にした。

 帝国捕虜の数は多いはずだ。調査官が何人いるのかは分からないが、恐らくホルマル獄吏官の担当は自分だけではないだろう。自分は黙秘している以外は、模範的な態度の捕虜だ。忙しければ簡略する可能性が、万が一にもあるかもしれない。

セドナはもう、出来ることなら最後まで誰とも会話をしたくはなかった。

だが彼女の願いも空しく、ホルマル獄吏官の口からは型通りの言葉が返ってきた。


「規則ですので。申し訳ありません!」


 落胆と同時に、鮮やかな返答だ、とセドナは素直に関心した。

 ホルマル獄吏官からは、甘い言葉に惑わされず、職務を全うする強い意思を感じる。彼女はきっと、自分の仕事に誇りを持っているのだろう。

 上官に信頼されながら、誇りを持って職務を全うすることが出来る――そんな担当獄吏をセドナは羨ましく感じた。


 誇り。騎士の誇り――自分にはもう、そんなもの、残ってはいないから。



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