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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――返信


「瘴竜に破壊された城壁と城下の修復には早くても一月以上はかかるとのことでした」


 帝国皇都(こうと)皇城こうじょうの最上階。

 元々は皇帝の執務室であった部屋の執務机に向かいながら、セザーリエ・ザナルは報告を聞いていた。

 彼の目の前には、一人の女性騎士が書類を手に淡々と報告を口にしている。

 その騎士の体格は小柄であり、容姿も女性と形容するにはまだ幼い。しかしその表情と立ち振る舞いには凜として隙が無く、武術を学んだことがある者なら見ただけでも彼女が精練された騎士だということが分かる。


「それと修復建材について復興部隊に確認して頂きましたところ、やはり陛下が危惧されておりました通り建材不足は起こりえるとのことでした。復興部隊長からは見積もりが甘かったことに関して謝罪を受けています」


 女性騎士の言葉に、セザーリエは見るからに柔和な微笑みを浮かべて返した。


「あの時はまだ帝都の被害状況が把握しきれていませんでしたから、仕方のないことです。それで新しい見積もりは」

「出してもらってます」

「ありがとうございます。こちらは被害が少ない領都から建材を手配できるか確認しましょう。それが駄目なら心苦しいですが竜王国にお願いをするしかありませんね。復興部隊長には貴殿には責が無いことをお伝えください」

「承知しました」女性騎士は粛々と小さく頭を下げた。

「それとリセス殿。陛下はよしてください。まだ私は一公爵にすぎません」


 女性騎士――エリンシャ・リセスは下げていた視線を上げると、涼しい顔で反撃するように言った。


「私からも申し上げますが、王が騎士に敬語は可笑しいかと」

「ですから、私はまだ王ではありません」

「では即位されたら改めていただけると」

「え」


 そのつもりがなかったセザーリエは思わず言葉を詰まらせた。

 それを見透かしたかのようにエリンシャは続けて言った。


「ザナル卿、貴方が誰にでも分け隔てなく丁重に接される方だということは承知しておりますし、それが貴方の人間性なのだと理解もしているつもりです。ですが王には威厳も必要です。たとえ貴方が威厳を示すことを望んではいなくとも、王になる以上、せめて臣下に下からものを言うことは改めて頂かないと、民に対して貴方だけでなくこちらとしても立つ瀬がなくなってしまいます」


 セザーリエは内心苦笑した。

 エリンシャはセザーリエという人間を認めてくれた上で、彼が誰にでも腰が低いことを忠告していた。そんな威厳のない王では付いてくる民も不安がると。

 それはもっともだとセザーリエも思う。しかしたとえそのことを理解していても、帝国の一地方の領主の子として生まれ、幼いころから身分関係なく人を敬うことを教えられて育ち、誰に対しても砕けた言葉使いをしない彼にとっては、今すぐ王としての振る舞いを求められてもそれはなかなかに難しいことだった。

 それでもこのままではいけないことも理解していたセザーリエは、エリンシャの忠告を真摯に受け止め答えた。


「貴女の仰る通りです。即位までには何とか改められるよう努力していきたいと思います」

「いや、そこは今からしろよ」

 

 そう言ったのはエリンシャではなく男の声だった。

 セザーリエは声が聞こえた執務室入口に目を向けた。そこには剣を携えた長身の男性が立っている。


「あぁ、お帰りなさい。ニルレッド殿」


 セザーリエがそう言うと、男――ラウェイン・ニルレッドはあからさまに顔をしかめた。


「いやだから、取り潰される家名で呼ぶなよ」


 ラウェインは帝国貴族、ニルレッド公爵家の生まれである。

 元老院に連なる家柄でもあるニルレッドは、今回の貴族制度見直しの解体対象になっており、そしてラウェインの父親は戦争犯罪人として先日、処刑された。

 ニルレッドの跡取りであったラウェインが処断を免れたのはセザーリエの口添えもあるが、早期から反乱軍に加わっていたのが理由として大きい。

 エリンシャもだがラウェインは元々、前皇帝の近衛騎士だった。

 だが前皇帝が崩御し新皇帝が戦争を始めたのを切っ掛けに皇都こうとを離れ、反乱軍へと加わったのだ。


「それは貴方がさっさと新しい家名を考えないのがいけないのでは」


 ラウェインに向けてエリンシャがそう言った。

 その声音はセザーリエに対するものとは違い、冷ややかだ。


「おまえさぁ、簡単に言うけどな、家名を考えることなんて一生に一度もないんだぞ。そうそう思い付くかっての」


 そしてエリンシャに対するラウェインの口調にも語気が強く容赦がない。

 そんな二人のやり取りを、当初はセザーリエも気が気でない様子で見ていたり、仲裁に入ることもあった。だが、今では前皇帝の騎士をしていた二人だからこその距離感なのだと理解している。


「その点お前はいいよな。取り潰されもしないし、そのまま使えるんだから。なぁ? リセス女伯爵殿」


 ラウェインにからかわれるように言われたエリンシャは、ほんの僅かに眉を潜めた。


「貴方があれだけ疎んでいた家に未練があるなんて思わなかった」

「はぁ? ねぇよ。一ミリもねぇ」

「あるでしょ」

「ねぇっつーの」


 今にも斬り合いそうな険相で睨み合う二人を見て、セザーリエは思わず仲裁に入る。 


「まぁまぁ、そのくらいにして」


 二人のことは理解していても、基本的に争いを好まないセザーリエにはやはり二人を放っておくことはできないのであった。


「誰のせいだよ。ったく」


 ラウェインは吐き捨てるようにそう言って頭を掻くと、セザーリエに向けて言った。


「俺もこの際だから言っとくけどな。セザーリエ、あんたは王になるんだ。んで俺たちはあんたの騎士。だから名前で呼べ、敬語もいらねぇ、もうそれでいいだろ」


 有無を言わさない様子のラウェインに、エリンシャも眼差しで加わる。

 二人の無言の連携にセザーリエは押し負けるように苦笑を漏らすと言った。


「分かりま――いえ。分かったよ。ラウェイン。エリンシャ」

「おし」ラウェインは満足そうにニッと笑う。

「貴方は逆に言葉遣いを改めるべき」


 そんなラウェインに対して、釘を刺すようにエリンシャが言った。


「お前は相変わらずいちいちうるせぇなぁ。まぁ元気になったからよかったけどよ。可愛げのないお前なんてらしくない――ってぇ!」


 話途中のラウェインの長い脚をエリンシャが蹴り上げた。


「なにすんだよ!」

「泣きべそかいてた貴方に言われたくない」

「はぁ? いつ俺が泣いてたってんだよ」

「思い当たる節がないのが逆に怖い」


 そうして再び始まった言い合いをセザーリエは諦めた様子で苦笑しながら見守っていると、ふとラウェインの手に持たれた書類と封書に目が行った。


「ラウェイン。それは?」


 訊くと、ラウェインは思い出したように言った。


「っと、悪い。あんたにだ」


 差し出された封書をセザーリエは受け取る。

 その封蝋の印章には見覚えがあった。星王国せいおうこくの監獄棟のものだ。

 封を開けると中には更に封書が入っていた。その封蝋の印章には見覚えがなかったが、監獄棟の名で自分に送られてきたことからこの手紙が誰からなのかは自ずと理解していた。


「もしかしてこの間の返事か」


 ラウェインの問いにセザーリエは頷くと、封を切り手紙を取り出した。




 セザーリエ・ザナル公爵


 始めまして。セドナ・バルゼアと申します。

 この度はご多忙の中、帝国の一国民に過ぎない自分にわざわざ手紙を書いて頂き、恐悦至極に存じます。

 早速ですがお申し出の件、お断りさせて頂きたく思います。

 私は先の戦争で帝国騎士として星王国せいおうこくとの戦いに身を投じました。

 たとえそれが自分の望むことではなかったとしても、皇帝に剣の誓いを捧げた騎士としてそれ以外に道はありませんでした。

 星王国に進軍する中で、常に私の胸にあったのは家族のことと、星王国にいる友人のことでした。

 家族のために私は祖国を裏切ることはできない。けれど侵略に加担する自分を友人はどう思うだろうか。

 その二つの思いが、いつも天秤にかけられていました。

 そんな思いが交錯する中で唯一、私が安心していたのは、戦場では友人と出会うことはないということでした。

 ですが、こういうのを運命の悪戯と言うのだと思います。

 友人は私の知らないうちに騎士になっていました。そして捕虜として私の前に現れたのです。

 私の上官は彼女を殺せといいました。

 私は命令に従うことができず、だからといって反発することも選べず、抗命による死を選びました。

 しかし私は死ななかった。上官に処罰される私を友人が庇ったからです。

 私は反射的に上官を斬っていました。

 最後まで自分で何かを選ぶことができなかった私は、結果として自分の心を裏切り、祖国を裏切り、大切な友人も失いました。

 そして家族までも失った私には祖国に帰る意味も、生きる理由もありませんでした。

 だから友人の故郷で私は死に場所を探そうと思いました。

 祖国が侵略したこの国のために、一つでも何かして死のうと。

 それがせめてもの償いになると考えて。

 けれど彼女は生きていました。友人は生きていたのです。

 あの後、一命を取り留め、昏睡から目を覚まして私の前に現われたのです。

 私は生きる理由を得ました。

 友人は私に残された最後の希望――グリステン・スターです。


 今なお、祖国を大事に思う気持ちに変わりはありません。

 ですが私は今度こそ心のままに、祖国と家族の思い出を胸に、彼女の故郷で生きていきます。

 折角のお申し出を、閣下の慈愛なるお心遣いを無下にしてしまうことを申し訳なく思います。


 最後に帝国人として、新しく生まれ変わる祖国の復興と繁栄を、そして恒久なる平和を、おなじ大陸から願っています。


 追伸:私が上官を斬ったことは紛れもない事実です。

    罪に問われれば私は召喚に応じ、甘んじてそれを受け入れます。


 記:セドナ・バルゼア




「……へぇ」


 側から聞こえた感嘆の声に、セザーリエは手紙から顔を上げた。

 後ろにはいつの間にかラウェインの姿があった。そしてその横にはエリンシャの姿も。 


「あんたに対して恨み言一つもないどころか、爵位と王の騎士の地位を蹴った挙句の果てに罪の告白か。ほんとに帝国貴族か?」


 そう言ったラウェインの口調はからかうようなものではあったが、彼の目もとが僅かに滲んでいるのをセザーリエは見逃さなかった。おそらくセドナの境遇に哀れみを感じたのだろう。彼は粗雑そうな言動に反して心優しい人間であるから。もちろんそのことはエリンシャも知っている。


「人の手紙を覗き見なんて騎士のすること?」


 だからラウェインの本心に気づかない振りをして、彼女はいつも通り冷たくそう言った。


「んだよ。そんなこと言いながらお前もさり気なく見た癖に。そういや彼女、お前と同じ歳だったよな。だったら士官学校の同期だろ。知ってんのか?」

「さあ、どうかしら」


 意味深長なはぐらかしかたをしたエリンシャに、ラウェインは怪訝そうに眉を寄せた。

 隠すことではないのでは、とセザーリエはそう思いながらも口には出さない。

 ラウェインの言う通り、エリンシャとセドナは士官学校の同期だ。

 エリンシャが言うにはクラスも違い一度手合わせしただけの関係らしいが、それでも学校で出会った中では一番まともで、剣に真っ直ぐな人間に感じたとセドナを評価していた。そしてあのまま変わらずにいるのなら、王の騎士にしても申し分ないだろうとも。

 エリンシャがそう言うのならそれは間違いないだろう、とセザーリエは思った。彼女も度が付くぐらいに実直な人間であるから。


 そもそもセザーリエがセドナを自分の騎士にしようと思ったのは、彼女のお父上であるバルゼア卿のことがあったからに他ならない。

 セドナが父親を――家族を失ったのは、紛れもなく自分の所為だった。

 たとえバルゼア卿から協力を申し出てくれていたとはいえ、彼を巻き込むことで帝都にいる彼自身だけではなく、家族までもが危険に晒されることが分かっていながらもそれを受け入れたのは自分だ。

 その結果として、バルゼア家の人々は反賊として処刑されることとなった。


 戦争が終わったあと、セザーリエはセドナの所在を優先して調べた。

 もし自分に何かあった時には娘のことをお願いしたい――それがバルゼア卿がセザーリエに頼んでいた唯一の願いであったから。

 セドナが星王国せいおうこくの捕虜になっていたことはすぐに分かった。

 一先ず生きていたことに安堵したセザーリエは、セドナが帰ってきてから話をしようと考えた。バルゼア家に着せられた反賊の汚名を撤回させることや、戦争終結に尽力した功労者としてバルゼア家を再建し爵位を与えること、そして家族のことへの謝罪もその時にするつもりだった。

 しかしセドナは帰ってこなかった。おそらく家族が亡くなったことが知らされており、帰る意味を無くしてしまったのだろうとセザーリエは考えた。

 だからセザーリエはセドナが生きる意味を与えようと思った。

 それが王の騎士だったのは、セドナが幼いころから守るための騎士を目指していたことをバルゼア卿から聞き知っていたのと、自分の下ならば彼女が望まない剣を振るう必要がない――振るわさない自信があったからだった。


「まぁ、ともかくにも振られちまったな」


 ラウェインの言葉にセザーリエは頷く。


「そうだな」


 正直、残念な気持ちはあった。

 バルゼア卿がよく自慢していた、エリンシャが認めた彼女に会う機会を失ったのは。

 けれどそれ以上に安心もしていた。彼女が生きる希望を見いだし望んで星王国せいおうこくにいるのならば、自分が何れ大地に還った時にはバルゼア卿に顔向けができると。

 セザーリエは返事を書こうと書類の束だらけの執務机を見る。

 それだけでエリンシャが気づいたのか彼女は「代書します」と言うと、近くの補佐用の机に座った。


「あぁ、すまない。――貴女の誇り高きお父上の友として、貴女の更なる心の安らぎと、幸せを願っています」


 エリンシャは手紙を手際よく封蝋すると、席を立った。


「送っておきます」

「ありがとう」


 エリンシャが執務室を出て行くのを見送ると、セザーリエは小さく何かを呟いた。すると彼の手元に持たれていた手紙が瞬く間に燃え上がり、跡形もなく消え去った。


「王様。さっそく隠蔽か?」


 意地悪げに言うラウェインにセザーリエは苦笑する。


「どちらにせよ裁判になったところで大陸法を遵守しなかった小隊長に非があるとされ無罪になる可能性が高い。それに彼女の事を調べる際に知ったことだが、その現場を目撃し彼女に逃がされた部下はこの戦争を生き残っている」

「へぇ。じゃあ上に報告しなかったんだな。部下に慕われていたのかね。もしくはエリンシャの親父さんがそれを黙認したか」


 どちらもありえるな、とセザーリエは思った。

 ヴァンオルフ・リセス零黒れいこく騎士団長。

 この戦争に心を痛めながらも、前皇帝への忠義から新皇帝に背くことが出来ず、帝国と共に滅ぶことを選んだ最後の帝国騎士。

 できることならば彼には、新しく生まれ変わるこの国の騎士達を導いてほしかった。

 セザーリエは立ち上がると、背後の執務室の窓へと近づき城下を見下ろした。

 城下には戦争の傷跡を修復しようと多くの人々が行き交っている。皇城こうじょうの最上階であるここからでは流石にその表情を確認することはできないが、動きだけでも人々が生き生きしているようにセザーリエには感じられた。

 城下の様子を見ていると、ラウェインが隣へとやってきた。

 セザーリエは彼を一瞥すると、再び城下を見ながら口を開いた。


「帝国の歴史は争いの歴史、この国の大地は多くの民の亡骸であり、この国に流れるのは民が流した血だ」


 それはラウェインに向けてというよりは、自分に向けるような口調だった。


「この度の戦も多くの民が犠牲になった。だが、これで最後だ。力だけを追い求め続けた帝国は終わりを告げ、これからは誰もが自由に学び、帝国の民が外へと羽ばたける時代がくる」


 セザーリエは城下から視線を上げると、右の方を見た。

 そこには皇城こうじょう以上に高い帝国の雪山がそびえたっている。

 だが彼の眼差しは雪山ではなくその先にあった――山々を越えた先、星王国せいおうこくに。

 セザーリエは口元に笑みを浮かべると、思った。

 

  ――そう、彼女のように。



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