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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――手紙2


「お疲れみたいですね」


 私がそう言うと、隊長は目ざといな、とでもいう風に苦笑した。


「元通りにするのは色々大変でな。それは騎士団に限った話ではないが」


 ここまで言って隊長が眉を潜めた。


「そんな顔をするな。大変なのはあちらも同じだ」


 それはセドナに対しての言葉だった。戦争の話題で彼女の表情が曇ったことに気づいたのだ。


「ったく、戦争が起こったのはお前の所為ではないんだ。一人で全てを背負ったような辛気くさい顔はやめろ」


 セドナは面を食らった表情をすると、横目でこちらに視線を投げかけてきた。隊長の言葉をどう受け取るべきなのか迷っているという様子だ。


「隊長はね、セドナが気にすることは何もないんだよ、って言ってくれてるのよ」

「翻訳が必要なことか?」隊長が不服そうに言う。

「隊長は少し言葉が厳しいですから」


 言われて隊長は「む」と小さく唸ると、顔をしかめて黙った。その顔は痛いところを突かれて面白くないというよりは、反省するような面持ちだ。

 部下からの指摘も真摯に受け入れることができるのが隊長という人だった。

 おそらく他の騎士隊長ではこうはいかないだろう。

 レイチェル隊長は騎士隊長の中では唯一の平民出身だ。

 性格は庶民的で、貴族には強い傾向がある自尊心もない。だから誰に対しても体裁を全く気にすることなく、自分に足らないところは部下だろうと遠慮なく助力を請う。そして逆に部下が困っていたら、それがたとえ職務外のことだったとしても必ず助けようとしてくれる。

 そんな隊長だからこそ五隊の皆は彼女を慕っているし、私もそうだ。

 補佐の傍ら世間話としてセドナのことを話していたのも、隊長の人柄によるものだ。そして部下に話を聞いただけのセドナを、敵国の騎士を、隊長は律儀にも助けようとしてくれた。

 私のことだって普通なら治療士が投げる状態だったのを、治療するように言ってくれたのが隊長なのだ。

 目覚める見込みが低いと分かりながらも治療を命じたのは自分だと、何かあれば自分を責めて下さいと、両親は隊長にそう言われたと教えてくれた。

 全ての責任を負う覚悟で隊長は私を生かしてくれたのだ。

 私達がここにこうしていられるのは全て隊長のお陰だ。本当に感謝してもしきれない。

 そういえばこのことはまだセドナには話していなかった。

 今度話してあげよう。そうすればもっと隊長に対する印象が変わるだろうから。


「言葉以外は優しいんですけどね」


 しかめ面をしている隊長にそう言うと、彼女はため息をついて言った。


「落とすのか持ち上げるのかどちらかにしろ……たくっ」


 そして隊長は取りなすように一つ咳払いをすると、セドナに向いて本題を切り出した。


「でだな。今日は、エルデーンに言ってお前を連れて来てもらったわけだが。今、帝国では調停者の助言の元、貴族制の見直しが行われているのは知っているか?」

「はい。新聞で読みました」


 そう答えたセドナの表情はまだ硬くはあるものの、言葉自体は自然なものだった。


「現時点では元老院関連の公爵家は全家解体が決まった」


 元老院とは皇帝の助言機関のことだ。その意味通り本来は皇帝に助言することを目的とした帝国貴族の集まりなのだけれど、帝国の歴史と共にその発言力は次第に大きくなり、近代では時の皇帝すらも元老院には強く言うことができない立場にまでなっていた。

 その中でも最も力を持つのが、帝国古参貴族であり元老院に連なる公爵家だった。

 セドナは少しばかり驚きを見せると言った。


「ザナル公爵家もですか」


 ザナル公爵家は帝国がまだ小国だった時代から現存する、帝国最古の名門貴族だ。

 そして現当主のセザーリエ・ザナルは帝国に反旗を翻し、反乱軍を結成して戦争終結に導いた功労者の一人でもある。


「セザーリエ・ザナルは調停者と元皇女(こうじょ)、と言うべきか、二人により帝国の次期指導者に選ばれた。彼にはまだ跡取りはいない。だからザナル家自体は解体するそうだ。これらは明日の新聞にでも載るだろう」

「そうですか。ザナル公爵なら安心ですが……このことを伝えにきて下さったのですか」

「いずれ新聞に載るようなことをわざわざ伝えに来るほど私も暇ではない。今のは前置きだ」


 隊長は懐から紙を取り出すと、開いてからテーブルに置いた。


「先日、監獄棟にこれが届いてな。ラウ――獄吏官長に渡してこいと言われた」


 私達は差し出された書面を見た。書面の最上部には大きく帝国貴族解体と再建と維持についてと記されており、その下には家名らしき名前が並んでいる。それは有名なものから見慣れないものまで書面一面を埋めていた。

 それを上から下へと流し見ていると、見慣れた名前を見つけて思わず視線を止めた。


 バルゼア家、再建、与えられる爵位は子爵――。


 私は驚いてセドナを見た。彼女も驚いたように書面を見つめている。


「バルゼア家の最後の生き残りが捕虜であり、国に戻っていないことはあちらも把握している。だからこちらが所在を知っている可能性があるならと届いたんだろう。あとこれはお前宛だ」


 そう言って隊長は、セドナに封書を差し出した。

 長方形の封書の右下にはセドナ・バルゼア宛と書いてある。

 セドナは封書を手に取ると裏返して、少し目を見開いた。おそらく封蝋の印章を見て差出人が誰か分かったのだろう。彼女は封を切ると手紙を取り出して読み始めた。流石に個人宛の手紙を覗き込むわけにはいかないので待っていると、やがて手紙を読み終わったセドナがこちらを向いて言った。


「ザナル公爵からだった」

「ザナル公爵と親交があったの?」

「お父様が」

「叔父様が? セバルではなく?」


 ザナル公爵の年齢は確か二十代初めだ。どちらかと言えばセドナの兄のセバルと歳が近く、セドナのお父様とは親子ほどに歳が離れている。


「うん。私も知らなかった」


 セドナはそう言って手紙に視線を落とすと、私の疑問に答えるようにそれを読んだ。


「若かりし頃からバルゼア卿と我が父は親交があり、父が亡くなった際に若くして跡を継いだ自分のことをよく気にかけて下さいました。そして私が一人前になった後も、変わらず懇意にして頂いてたのです」

「だから」


 思わず言いかけた言葉を私は止める。でもそれだけでもセドナには伝わってしまったようで、彼女は寂しそうな微笑みを浮かべると肯定するように「うん」と頷いた。

 ……セドナのお父様は、反乱軍を率いるザナル公爵のために情報を流したのだ。

 もちろんそれはセドナのお父様がご自分の意思でお選びになったことだとは思うけれど、それでもセドナにしてみればザナル公爵が家族を失った原因になったことには変わりない。その繋がりさえなければ家族はまだ生きていた――セドナもきっとそう思わずにはいられない筈だ。

 私はセドナが心配になり彼女の顔を覗き込んだ。するとそれに気づいた彼女は小さく微笑み返してくれた。それは切なくも暗いものを感じさせない、優しい微笑みだった。

 私はそれで気づいた。

 セドナは家族の死を受け入れていることを。

 私は、セドナには時間が必要だと思っていた。

 戦争のことや、私のこと、ご家族のこと、それらのことで酷く傷ついた彼女が全てを受け入れて前へ進むには多くの時間が必要なのだと。

 でもそれは違った。彼女はちゃんと現実と向き合っていた。知らずうちに少しずつでも受け止めて前に進もうとしていた。だからこそ家族の死の原因を知った今も、それを事実として受け入れることができたのだ。

 私は自分が恥ずかしくなった。勝手にセドナの心を弱く見積もっていたことを。

 彼女は私が思っている程、弱い人間ではなかった。


「あとは反乱軍を支援したことで家族が処刑されたことへの謝罪、そして」


 そこでセドナは言葉を止めると、僅かに顔に困惑を滲ませながら続きを口にした。


「受けてくれるのなら、自分の騎士にしたいと」


 それには私だけでなく隊長も静かに驚いた。

 次期指導者に選ばれているザナル公爵の騎士、それはつまり王の騎士になるということだ。騎士にとってこれ以上に名誉なことはない。


「そういう話なら」隊長が言った。「返事は彼の即位前までには出したほうがいいだろう。書いたら彼女を通して私に届けてくれ」


 隊長は立ち上がると「じゃあな」と軽く手を上げてから颯爽とカフェを後にした。

 私は窓の外まで隊長の姿を見送ったあと、セドナに言った。


「何か頼もうか」


 セドナはまだ手に持っていた手紙から視線を上げると「うん」と頷いた。

 注文をして品物が来るのを待っている間も、セドナはじっと手紙を見つめていた。



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