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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――手紙1


 中央教会から外に出ると、それを見はからったかのように空から大きな鐘の音が降り注いだ。

 この音は中央教会の上に鎮座している大鐘楼のものだ。

 大鐘楼は平日なら六時と十二時と十五時に、休日なら礼拝時間である十時と十八時に鳴らされる。今鳴り響いているのは別宅を出発した時間から考えて十五時の鐘だった。


「いけない。もうこんな時間」


 思った以上に時間が経過していたことに私は驚いた。

 お祈りが終わった後、セドナに礼拝堂の中を案内していたのだけれど、彼女が模範の生徒のように興味津々に聞いてくれるのでつい話し過ぎてしまっていたようだ。


「いけない?」セドナが不思議そうに首を傾げる。

「うん。待ち合わせしてるの」

「誰と?」

「セドナも知ってる人よ」



 中央教会がある円形広場から小走りで五分、私達は中央通り沿いにあるカフェの前にやってきた。

 中に入り店内を見回すと、すぐに窓際奥の席に見慣れた顔を見つける。

 その人物はティーカップの取っ手を手持ち無沙汰に触りながら、小さく折りたたまれた新聞を読んでいた。


「すみません。遅れました」


 そう言いながら目的の席に近づくと、窓際奥に座っていた女性は新聞から視線を上げてこちらを見た。


「構わんよ」


 目前の女性――レイチェル・イルスミルはそう言うと、手で向かいに座るように促す。

 彼女は私が所属していた第五騎士隊の隊長だ。そして私は偵察小隊長に任命されるまでは、レイチェル隊長の補佐騎士をしていた。

 今日外に出たのは、隊長がセドナに用件があると手紙をくれたからだ。

 最初は隊長が別宅まで来ると言って下さっていたけど、でも五隊の詰所から殆ど真反対の別宅まで足を運んで頂くのは申し訳ないと思ったのと、セドナを外に連れ出す切っ掛けにもなると思い、中間地点である中央通りで待ち合わせをしたのだった。

 私は「失礼します」と言ってから隊長の向かいに座ると、セドナにも隣に座るよう招いた。彼女は戸惑いながらも隊長に軽く礼をして隣の席に腰を下ろす。


「何か頼むか?」


 隊長の薦めに私は隣のセドナを見た。彼女は伏し目がちで萎縮するように身体を硬くしている。この様子では飲食する余裕もないだろうと思った私は「後にします」と断った。

 隊長は「そうか」と呟くと、セドナを向けて言った。


「この間は名乗りもせず悪かった。レイチェル・イルスミルだ。せいルーニア騎士団第五騎士隊を任されている」


 この間というのは隊長が監獄棟からセドナを別宅に連れてきてくれた時のことだろう。あの時はお礼を伝える前に隊長は別宅を後にしていたので、お互いを紹介することもできなかった。


「セドナ・バルゼアです」


 名乗り返しながらも、セドナの視線は下を向いたままだ。

 そんなセドナの様子に、隊長もばつの悪そうな顔をする。

 私は気まずそうにしている二人を見ながら、居心地が悪いどころか微笑ましい気持ちになっていた。

 隊長はどうも初対面の人と接するのが苦手なところがある。

 それは人見知りだからというわけではなく、切れ長で端正な顔立ちが相手に厳格な印象を与えてしまい怖がられてしまうのが原因だ。一度ちゃんと話してみれば気さくな人だと分かるのだけれど。

 対してセドナは少し人見知りなところがある。

 昔は好奇心が勝ってたのかその部分が大々的に表出ることはなかったけど、再会してからはそれが目立つようになっていた。シャルテ家の使用人にも私の侍女のラムル以外は極力、目を合わせようとはしない。

 そんな二人だから初対面の相性もさぞ最悪だったことだろう。

 性格的には似ている部分もあるので合うとは思うのだけれど。

 さてさてどうするのかな、と思いながら二人を見守っていると、早くもこの空気に耐えられなくなったのか隊長が助けを求めるようにこちらに視線を投げかけてきた。

 私は笑いそうになるのをこらえながらセドナに言う。


「セドナ、隊長は怖そうに見えるけれど、実際のところは全然、怖くないから大丈夫よ」


 本人の前で遠慮なくそう口にしたことに驚いたのか、セドナが目を開いてこちらを見た。その目が『上官に対してそういうこと言って大丈夫なの!?』と訴えていて、更におかしくなる。

 逆に言われた当の本人はというと、慣れた様子でため息をついた。


「お前は助ける気があるのか」

「お気に召しませんでしたか? それでしたら隊長の良いところ全部連ねていきましょうか」

「いやいい。私が悪かった」


 私ならやりかねないと思ったのだろう、隊長は顔を引きつらせながら手で制してきた。

 私が笑ってみせると、隊長は先ほど以上に大きなため息をつく。


「ったく、お前には適わんよ」


 そう吐き捨てるように言いながらも、隊長は右の口角を上げている。

 私がレイチェル隊長の補佐をしていたのは、ほんの三ヶ月程度だ。

 それでも私たちはこれぐらいの軽口を言い合えるぐらいには親睦は深めていた。上官に対して使う言葉ではないけれど、彼女とは気が合うのだ。

 セドナは私たちのやりとりを黙って見ていた。その様子には先ほどまでの萎縮している感じは見えない。今のだけでも隊長が怖い人ではないことは伝わっただろう。

 再び隊長を見ると彼女は紅茶を飲んでいた。そこで私は気づく。隊長の目もとに少しばかりクマができていることに。



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