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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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64/72

大陸暦1527年――本屋2


「おや、お嬢ちゃんもかい」


 セドナがカウンターに本を置くと、店長が開口一番そう言った。

 何のことか分からず首を傾げる私に、店長はこれこれと一冊の本を指さす。

 それは先ほどセドナが見ていた、瘴竜王とせい六英雄の本だ。


「この著者のは読んだことがなかったので」


 瘴竜王とせい六英雄は人気の題材なのもあり、古い本の新訳や、新たな視点で書かれた新解釈など、数年に一度は新しいものが出版されている。

 私は子供のころに絵本版と子供向け小説を読んだきりだったのと、セドナも興味を持っているようだったので買うことにしたのだ。


「そうかい。実は最近これ関連の本が売れててね。国内の在庫をかき集めて仕入れてるんだが、ありがたいことにそれでも品薄なんだ」


 そういえばこれも棚に並べられていた最後の一冊だった。


「あのせい勇者の子孫が現われたとなっちゃ、気持ちは分からんでもないがね」


 かかか、と店長は笑いながら、手慣れた手つきで手元の紙にペンを走らせている。


「はいよ。んじゃ六冊。お代はお届けしたときに」

「お願いします」


 店長が差し出してきた注文票を受け取ると、お礼を言ってお店を出た。



「なんだか実感、湧かないよね」


 お店を出て中央通りへと足を向けながら、私はセドナに言った。

 彼女は同意するように「うん」と頷く。

 私が言ったのは、先ほど店長が話していたせい勇者のことだ。

 星勇者とはせい六英雄の一人で、歴史書には六英雄の筆頭として記述されている人物だ。

 その星勇者が今、連日に渡って紙面を賑わしている。

 外に出なくても、それだけで世間の関心の高さが窺い知れる。

 それは無理もない話だと思う。

 瘴竜大戦から千五百年以上もの間、消息が不明だった星勇者の子孫が帝都陥落したあと何処からともなく現われた瘴竜を倒し、しかもそれが竜王国の王女の従騎士で、さらには九年前に事故で死んだと思われていた帝国の皇女こうじょでもあったというのだから世間が興味を持たないほうがおかしい。

 その増し増しの経歴はまるで、本の中から出てきた物語の主人公のようだ。


「まるで本の中の話だ」


 同じことを考えていたのか、セドナが似たようなことを口にしたので、私は思わず笑う。

 彼女はこちらを向いて小首を傾げた。


「考えること同じだなって思って」

「あぁ」セドナは納得したように小さく笑う。「お互い瘴竜を見ていないからかな」


 なるほど、と私は思う。せい勇者の話にどうも現実味がないように感じるのはその所為かと。

 新聞記事によると、最初に瘴竜が目撃されたのは大陸の中心である星都せいと上空だとされている。突如として現われたその巨大で禍々しい瘴竜の姿に、当時は星都中が騒然としたとか。その時のことは侍女のラムルにも聞いたけれど、彼女は『世界の終わりだと思いました』と怖々とした口調で話していた。

 そんな歴史的瞬間の時に私はというとまだ夢の中で、そしてセドナもそれどころではなかったのか、そんなことがあったことすら知らないと言ってた。


「お互い見逃しちゃったね」


 見られなかった理由はそれこそお互いに明るいものではないけれど、だからこそ私は冗談めかしてそう言ってみた。少しずつでもこういうことも笑って話せるようにしていきたいと思ったから。

 セドナは私の意図を読んでくれたのか、笑みを零して「そうだね」と言うと、続けて思い付いたように訊いてきた。


「見てみたかった?」

「え? 瘴竜を?」

「うん」 

「全然」


 即答すると、セドナは少し目を見開いた。


「意外かな?」

「少し」

「どうして?」

「いずれ物語になるようなことを、見られる機会はそう無いから」

「そうね。こんなことはもう一生ないかも」

「それでも?」

「うん。だってそれは私の見たい物語ではないもの」


 そう言って路地を出る手前で足を止めた。横を歩いていたセドナも釣られて立ち止まる。どうしたんだろうと戸惑うようにこちらを見ている彼女に、私は言った。


「私がこの目で見たい物語は一つだけだから」


 セドナが眉を寄せながら小首を傾げる。何のことか分からないという様子だ。

 私はそれには答えてあげず、彼女の手を取って歩き出した。



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