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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――背丈


 午後一時。昼食と休憩を済ました私たちは、支度をして外出するべく玄関に向かっていた。

 その途中、廊下の掃除をしていた侍女のラムルと出会う。彼女は私たちに気づくと手を止めて、微笑んで頭を下げた。それを見て隣にいたセドナも返すように頭を下げる。

 ラムルはシャルテ家の使用人頭の娘で、私が物心ついたころからずっと世話をしてくれている。帝国に行くときも毎回ついて来てくれていたので、セドナとも顔見知りだ。


「ラム、行ってくるね」

「はい。ですがお嬢様。本当に馬車をお出ししなくて宜しいのですか?」

「うん。歩いたほうが運動になるし。ねぇセドナ?」

「私はいいけれど、君の身体は大丈夫、かな」


 セドナはそう言って、気づかわしげな目を向けてくる。


「大丈夫。何だったらセドナより元気かも」


 私の身体は、二ヶ月も昏睡状態だったと思えないぐらいに健康体だった。目が覚めた夜には起き上がることができたし、翌日には普通に歩くこともできた。

 もちろん寝ている間に栄養剤を打たれていたり、身体が固まらないようラムルが世話をしていてくれたお陰もあるけれど、それを抜きにしてもありえないことだと治療士は言っていた。

 こういう事例はまれながらあるようだけど、原因はまだ解明されていないらしい。


「そうだとしても無理はなさらないで下さい。体力や運動機能は落ちているのですから」

「分かってる」

「それと治安が悪くなっておりますので裏通りには行かれませんよう。あと必ず、暗くなる前にはお戻り下さい」

「分かってる分かってる」

「お嬢様。真面目に聞いて下さい」

「聞いてるって、ねぇセドナ?」


 振られたセドナは面を食らった顔をしたあと、ラムルに向けて神妙に頷いた。

 ラムルは私に対して諦めのため息をつくと、苦笑いを浮かべて、


「セドナ様。こんなお嬢様ですが、宜しくお願い致します」


 と言って深々と頭を下げた。セドナも応えるように慌てて頭を下げる。

 その様子を見ながら真面目だなあ、と二人を困らせている当人は微笑ましく思うのだった。



 別宅の正門を出た私たちは、中央通りに向けて歩き出した。

 外は人気ひとけがなく静かで、歩いているのも私たちぐらいしかいない。

 別宅があるのは星都せいとの東区画の一画だ。ここは貴族が住まう地域ということもあり、外出するときはみんな馬車を使う。なので私たちみたいに徒歩で出かける人間はまずいない。

 そのせいか、通り過ぎる他家の門番達が、私たちに物珍しげな視線を送ってくる。

 私はそれを気にせず、門番が守っている家のほうを見た。この辺りの家々には、戦争の被害は全く見受けられない。ここは帝国兵が侵入してきた西門とは真反対に位置しているので、戦火の難を逃れることができたのだろう。

 帝国は地理上、星王国せいおうこくの西に位置している。だから侵攻は国境都市を越えて西から行なわれていた。両親が昏睡状態の私を東区画にある別宅に移したのは、万が一にも西門が突破された場合、本宅がある中央区画よりは安全だろうと考えてのことだった。

 私は左側を歩いているセドナを見上げた。彼女は門番達の視線に落ち着かない様子ではあったけれど、この辺りに被害がないお陰か、表情はまだ平常を保っている。

 ひとまず安堵して、そして改めて思う。彼女を見るときの首の角度がまだ慣れないと。


「追い抜かれちゃったな」

「え」


 セドナがこちらに向く。


「背」

「あぁ」


 昔は私のほうが高かったから、セドナを少し見下ろす感じで話しをしていた。

 でも今は私が見上げる形になっている。


「残念」


 本心と冗談を交えつつそう言うと、セドナは真面目な彼女らしく本心だけを受け取って淡く苦笑した。


「やっぱりエルも勝ちたかったの?」

「やるからには一番を目指せっていうのがシャルテ家の家訓だもの」


 昔シャルテ家が騎士の家系だった名頃なのか、我が家にはそんな家訓がある。

 今では誰も真面目に受け取ってはいなけれど――父は頑張ることに意味があるという考えの人だし――でも一応こういうものがあるということだけは伝えられていた。


「初耳だ」

「そういえば初めて言ったかも」

「だから負けず嫌いなんだ」


 セドナの言葉に、そういえば昔も似たようなことを言われたのを思い出した。

 あれは確か、チェスをしていたときのことだ。負け越しが続いているセドナがいじけるように『エルって負けず嫌いだよね』て言ってきたので、私は『そんなことはないよ』と返した。

 本当はやるからには勝ちたい性格だけど、それを表に出さないほうが格好いいと考えてのことだった。

 子供の考えることだなあと思いつつも、今でもその気持ちに変わりはないので、私も成長していない。


「そんなことはないよ」


 もう認めてもよかったけれど、折角なので昔と同じように返してみた。

 するとセドナも覚えていてくれたのか、笑みを漏らして「それは認めないんだ」と言った。



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