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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――心の傷2


「王よ。姫をお見捨てになると仰るのですか。騎士は思わず王に詰め寄った」


 こうしてセドナに騎士物語を読んであげるのはバルゼア家で過ごした最後の夏、私が国に帰る前日の夜以来だ。

 あの日のことはよく覚えている。翌日の朝にはバルゼア家を発つ予定だった私に、セドナは一緒に寝ようと誘ってきた。それまでは私からときどき誘うぐらいで、彼女から言い出すことはなかったので私が珍しがっていると、彼女は耳を赤くしながら目を逸らして『最後の夜、だから』と言った。

 あの夜は寝床に入ってからもずっとお喋りをしていた。残り少ない時間を惜しむように、夜更かしをして喋り続けた。そこでセドナは『寮に騎士物語を持っていきたいけど娯楽類の持ち込み駄目らしい』と残念そうに零したので、最後に読んであげることにしたのだった。

 騎士物語を読んであげるときはいつも、セドナは目を輝かして楽しそうに聞いてくれた。

 でもあの時だけは、笑っていながらも彼女の表情はどこか寂しげだった。

 それは私も同じ気持ちだった。だけどそれを努めて声に出さないようにした。一生会えないわけじゃない、とそう自分に言い聞かせながら笑顔を作った。そうでもないと、読みながら泣いてしまいそうだったから。

 何とか笑顔で読み切った私は、セドナに『今度これを読むときは、セドナが騎士になったあとね』と言った。私の言葉に彼女は、はにかむように笑っていた。


「王は首を振り言った。これ以上の犠牲は出せぬ。分かってくれ」


 ――あれから五年。私たちの再会は想像とは随分と違ったものになってしまったけれど、それでも今こうしてセドナに騎士物語を読んであげられていることは何だか感慨深いものだ。


「王の言葉を受け騎士は奥歯を噛みしめると、立ち上がった――」


 セドナはどう思っているのだろうか。やっぱり私と同じ気持ちだろうか――。

 そう思って、私は隣の彼女に横目を向けた。そして驚く。

 セドナが目に涙を溜めていたからだ。


「セドナ?」


 呼ばれたセドナはびくっと身体を震わすと、まるでやましいことでも見つかったかのように表情を強張らせた。


「どうしたの?」


 彼女の頬に触れる。すると目に溜めていた涙が一気に零れてきた。


「……ごめ……折角……読んでくれて、いたのに」


 どうやら邪魔しないように泣くのを我慢していたらしい。


「それはいいの。どうしたの?」

「……監獄にも……この本があって……その時はもうこんな日は訪れないと……思ってたから」


 先ほどの煮え切らない態度はその所為か、と気づく。

 私にとっての騎士物語の最後の思い出は、寂しくも温かく希望に満ちたものだった。

 でもセドナにはそうではなかった。彼女は監獄の中で騎士物語を見てしまった。きっと昔を思い出しながらこの本を読んだのだ。私が死んだと思っていた彼女がその時どんな気持ちだったのか、それは、想像に難くない。

 私は本を側に置いてから、泣きじゃくり始めたセドナを抱きよせた。そしてあえて明るい声で言う。


「セドナは私の前ではほんと、泣き虫さんね」

「……エル……分かって言ってる……」

「――うん」


 分かってる。

 貴女が泣き虫になるのは私のことだけ。

 私を大事に思ってくれているから、不安で仕方がないということを。


 セドナの心は未だ不安定な状態にあった。

 その原因を作ったのは――私だ。

 私が斬られたあとセドナに何があったのか、彼女が釈放される前日の夜、目覚めた私に上官であるレイチェル隊長が話してくれた。

 彼女が私を斬った上官を殺したこと、私の殺害容疑に問われていたのにも関わらず黙秘していたこと、私の名誉を守ろうとしてくれていたこと、そして、死にたがっていたことを――。

 あのときの私は、そこまでセドナが追い詰められることなど考えもしなかった。

 ……いや、それは違う。ただ考える余裕がなかっただけだ。

 少し考えれば、予測できたことだ。

 セドナは昔から少し危ういところがあったから。

 彼女にとって私の存在は大きいものなのだと、私が帝国で初めて体調を崩した時にそれは気づいていたから。

 でもだからといって何も変わらない。

 たとえあのときセドナの今後を予測できたとしても、私は同じことをする。

 セドナが斬られるのを見るぐらいなら、何度だって彼女の前に飛び出す。

 その行動が、セドナを今でも苦しめているのは分かっている。

 夢に出てくるぐらいに、心の澱となってしまってるのは。

 だとしても私は後悔するつもりはない。

 だってあの時の行動を後悔すれば、今を否定することになる。

 この腕の中の温もりを、セドナと共に在る今を否定することになる。

 そんなこと、出来るわけがない。

 セドナは私にしがみつくように泣いている。

 私の存在を確認するように、涙と一緒に不安を流すように。

 腕の中で小さく震える彼女の背中をさする。 

 私が彼女に出来ることは、これぐらいだ。

 でもこれはきっと、私にしかできない。

 セドナ不安を理解し受け止めてあげられるのは、原因である私だけだから――。


 本宅に戻らず、セドナと別宅で暮らしているのはこれが理由だった。

 彼女が落ち着くまではなるべく二人っきりのほうがいい。それに私が家族と接する姿を見せて、家族を失った彼女に辛い思いをさせたくなかった。

 家族にもセドナが落ち着くまでは、顔を出さないようにとお願いをした。心配をかけた挙句、会いにくるだなんて我儘もいいところだけど、人がいい人達なので私の考えに理解を示してくれている。何かあれば手紙でやりとりをしているので問題はない。

 少ししてセドナの小さく揺れていた身体が、次第に落ち着きを取り戻してきた。

 しがみついていた手を離したので、腕から解放する。


「大丈夫?」

「……うん。ごめん……迷惑、かけて」


 セドナは私から離れると、身を小さくして申し訳なさそうに言った。


「私がそんなことを思うように見える?」


 左手でセドナの頬に残った涙を拭いながら、心外だという風に言ってみせる。

 彼女は少し赤くなった目でこちらを見て、遠慮がちに首を振った。


「ならそういうこと言わないの。ね?」

「……うん」

「よし」


 私が笑って見せると、セドナも目尻を緩ませた。



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