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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――心の傷1


 朝食を終えた私たちは、部屋に戻って本を読むことにした。

 普段は午後から読むことが多いのだけれど、今日は午後に出かけるので午前に回すことにしたのだ。

 本を読むことは、私の日課みたいなものだ。

 子供のころから戦前に到るまで、時間を見つけては毎日、本を読んでいた。

 私がここまで本を読むようになったのは一重に、身体が弱かったせいだ。

 外で遊ぶことができず、部屋に籠もりきりだった娘を不憫に思った両親は、せめてもと沢山の本を買い与えてくれた。玩具やパズルにも飽き、他にすることがなかった幼い私は、必然的に本に興味を持つようになった。

 それらの本は文字を覚えるまでは侍女や家族が、文字を覚えてからは自分で読むようになった。

 本は種類問わず、何でも読んだ。

 その中でもよく読んでいたのは物語だった。

 物語の主人公はたいてい健康的で元気で真っ直ぐ、そして夢を持っていた。

 私は自分とは正反対の主人公が活躍する姿を見るのが、そして自分では見ることができない知らない世界を見せてくれる物語が好きだった。

 だからだと思う。私がセドナに憧れたのは。

 物語の主人公のように元気で、真っ直ぐで、夢を追いかける彼女を見るのが好きだったのは――。


「突風が静まり目を開けると、目の前の地面には今まさに自分に振り下ろされようとしていた瘴魔しょうまの鋭利な爪が、肘ごと地面に切り落とされていた。待たせたな――上から降ってきた聞き覚えのある声に彼女は上空を見上げる。そこには飛竜を駆る幼馴染み、ハスバードの姿があった」


 本を読み上げながら、右隣に座るセドナを横目で窺った。

 彼女は私の手元の本を見ながら、静かに耳を傾けている。

 セドナは物語が好きだけど、本を読むのは苦手だった。

 連なった文字を目で追うのが疲れるらしい。

 だから子供のころは私がよく本を読んであげていたし、ここで始めて本を読もうとなったときも最初からそのつもりだった。でもセドナは自分で読むから大丈夫と断ってきた。私は少し寂しく思いながらも、あれだけ苦手だったのに克服できたんだと感心していた。

 けれど本と対峙する彼女の顔を見て、それがやせ我慢だとすぐに分かった。

 だってセドナの顔は子供のころと同じく、眉を寄せて難しい顔をしていたから。

 それを見たときは、私も思わず笑ってしまった。表情ですら嘘をつけないセドナがらしくて、そして昔と変わっていないことが嬉しくて。そのときセドナはというと、耳を赤くしながら決まりが悪い顔をしていた。……あれは可愛かったな。


 それからセドナは大人しく、私に本を読まれることになったのだった。

 こうして本を読んであげていると、セドナは懐かしむような顔をしていることがある。

 そういうときはきっと昔のことでも思いだしているのだろう。私も何度も思い出したから。

 帝国での何気ない日々――あれがどれだけ尊いものだったのか、私たちはこの戦争で思い知った。

 だからこそ今、この平穏な時を噛みしめている。


「そうして竜騎士ハスバードは竜王から竜爵位を与えられ、のちに竜王国一の竜騎士と呼ばれるようになりました。おしまい」


 物語が終わると、セドナが小さく手を叩いた。


「面白かった?」

「うん。これ本当に実話なの?」


 今日読んだのは【竜騎士ハスバード物語】だ。

 農民であった青年ハスバードが、本来、生まれた時から飼育しないと人には懐かないと言われている飛竜に認められ、飛竜を駆り人々を守る冒険者となり、そしてその功績が認められ最後には竜王から正式に竜騎士として認められる物語。

 そのハスバード竜爵家は実在していて、今でも竜王国が保有する飛竜隊を率いる竜騎士長には代々ハスバード家の人間が就いている。


「そうみたいよ」

「すごいな。エルは飛竜を見たことはある?」

「ううん」


 飛竜は竜王国にしか生息しない生物なので、他国でお目にかかれることはまずない。

 まれに飛竜隊がこちらにも来ることがあるらしいけれど、低空を飛ぶことはないのでそれに気づくのはいつも空を見上げて光環こうかんを見ている光環観測官ぐらいだ。


「飛竜、見てみたい?」

「それは、まぁ」

「それならいつか、飛竜を見に竜王国に旅行に行きましょう」

「旅行」


 セドナは私の言葉を反復して、驚くように目を開いた。

 外国旅行なんて今日日、珍しくはないのだけれど、セドナにはそうではない。

 帝国は観光業のために他国からの入国を受け入れてはいたものの、その反面、自国民が旅行に行くことも、他国に移住することも原則として法で禁止していた。

 そんな中、セドナのお父様が星王国せいおうこくに留学できたのは特例を使ったからだ。

 帝国貴族に関しては、他国への旅行や留学を特例として認める制度があった。その許可を取るまでには沢山の手続きが必要らしいけれど、でもそれさえ通れば貴族だけは外に出ることができたのだ。

 だけど特例が受けられる立場だとしても、帝国人であるセドナにとって外国旅行は気軽にできるものだという認識がない。戦争がなかったら、彼女は私に会いに来てくれるつもりだったみたいだけど、それも一大決心して決めてくれたのだろうと思う。

 それぐらい帝国人にとって外国旅行は、敷居が高いものなのだ。


「ここでは竜王国への旅行は定番なのよ」

「エルも行ったことあるの?」

「ううん。なんだかんだで行きそびれちゃって。だから私も行ってみたいなって」

「そうなんだ。旅行か……うん」


 セドナが薄く微笑む。どうやら乗り気ではあるようだ。


「決まりね。楽しみが増えたところで、次は何にしようかな」


 次の本を選ぶためにソファから立ち上がると、いつもはちょこんと姿勢よく座って待っているセドナが後をついてきた。

 どうしたのかな、と小首を傾げてセドナを見ると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。反応から察するに、特に用はないけれど付いていきたくなったから付いてきたという感じだろう。……なにそれ可愛いな、と真剣に思いながら、折角なのでセドナに本を選んでもらうことにした。


「何か読んで欲しいのない?」


 ここにある本は、先日、本宅の私の部屋から持ってきてもらったものだ。そのほとんどが学生のときに買い集めたものなので、セドナが知らない本も多いだろう。

 振られたセドナは真剣に本棚を見始めた。その顔だけ見ればとても娯楽の本を選んでいるようには見えない。何にでも真面目で一生懸命なところも、昔から変わっていない。

 それを微笑ましく見守っていると、セドナの視線がある地点で止まった。

 何か気になるものがあったかなと、私も視線の先を見る。そして、あぁ、と思った。

 その本を手に取ると、セドナが言った。


「エルも、持ってたんだ」

「うん」


 手元の本の表紙には【騎士物語】と刻まれている。

 そう、セドナが大好きな本。

 彼女に贈ったあと、私も自分用に買ったのだ。


「久しぶりに読んであげようか?」


 私の問いかけに、セドナは肯定も否定しなかった。

 ただ目を細くして、感情が読めない淡い微笑みを浮かべた。



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