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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――朝食2


 ここで私は、セドナが窺うような視線を向けてきていることに気づいた。

 思いにふけて、会話を途切れさせてしまっていたらしい。

 何の話だっただろうか。……そうだ、声の話だ。


「でも、大分変わったでしょう」


 男の人みたいに声変わりがないとはいえ、女だって成長すれば声が変わる。

 それに私は体が弱かったから、昔はか細い声だったように思う。


「声量は大きくなったけど、元は変わらないよ」


 節目がちにセドナが薄く笑う。

 下を向くと、彼女のまつげの長さが余計に際立つ。

 ……そういえば戦場で再会した時からずっと思っていたけれど。


「セドナは美人になったよね」

「え、なに、突然」


 セドナには唐突な言葉に聞こえたのだろう。目を泳がせて慌てている。

 彼女は堀が深く端正な顔立ちをされてた彼女のお父様と、美人のお母様の良いところを受け継いでいた。中性的すぎず女性らしさも感じられる顔立ちで、俗に言う帝国美人だ。


「学校でもてたでしょう?」


 私が訊くと、セドナは言葉を詰まらせた。

 否定したくても出来ないのだ。彼女は昔から嘘がつけない性格だったけれど、それは今でも変わらないらしい。


「もてたんだ。ふーん。告白されたこともあるんだ」


 鎌をかけると、益々セドナは困った顔になる。


「断った、から」

「男性、女性?」

「…………両方」


 ……なるほど。思った以上にもてていたようだ。

 それを知って少し、セドナの学友がうらやましくなった。

 もし彼女と同じ学校に通えていたら、どんなに楽しかっただろう。

 もちろん帝国の士官学校はこことは違って、あまり自由もなく厳しいところだと聞き知っている。けれど、たとえそうだとしても、彼女と一緒に過ごす学校生活はとても魅力的に感じてしまった。

 いいなぁ、なんて顔も知らないセドナの学友に嫉妬を抱いていると、彼女がまるで意を決したよう口調で「だけど」と口にした。

 セドナを見ると、彼女は逆に逃げるように視線を逸らし、


「エル以上に綺麗、な人はいな、かった」


 と、詰まりながら恥ずかしそうに言った。

 横髪から覗いているセドナの耳は、旬のトマトのように赤くなっている。

 おそらく私が拗ねていると思って、持てる勇気を振り絞って言ってくれたのだろう。

 その言い回しが不器用なところがまた彼女らしくて、愛おしい。

 それと一緒に嬉しさも込み上げてくる。当り前だ。好きな人に綺麗だと言われて喜ばない人間はいない。でもそれを素直に表わすのは、流石に私も気恥ずかしかった。


「お世辞でも嬉しいわ」


 だから嬉しさで緩みそうになる顔を堪えながら、謙虚に受け取る。

 するとセドナは、はっ、とするようにこちらを見ると、


「お世辞なんかじゃない」


 真剣な眼差しで、そう訴えてきた。

 彼女の薄青な瞳に、私が映っているのが見える。

 視線を泳がせることなく、私だけを見ている。

 ……こういうときに限って目を逸らさないのは、何だか、ずるい。


「本当、だから」


 セドナはさらに念を押すように言う。

 ――分かってる。貴女はお世辞を言えるほど器用ではないから。


「うん。ありがとう」


 彼女の真っ直ぐさに負けた私は、今度は素直にそう答えた。

 一緒に顔も緩んでしまったけれど、セドナも微笑んでくれたので、よしとした。


「午前中は何しようかな」


 食事に戻りながら何気なくそう口にすると、セドナが不思議そうに訊いてきた。


「午後は予定があるの?」


 一瞬、どきり、としたけれど平常を装って答える。


「街に行こうと思って」

「……買物?」

「そう。付き合ってくれる?」

「うん……」


 了承してくれたものの、セドナの顔には整頓しきれていない様々な感情が浮かんでいた。

 セドナがここに来てから、私たちは一度も外に出たことがない。

 それはお互いに体調が万全ではなかったこともあるけれど、一番はセドナのことを考えてのことだった。

 セドナは帝国が戦争を起こしたことや、星都せいとが襲撃されたことに関しても、まるで自分が当事者のように罪悪感を抱いていた。それは最近、戦争と復興の話題で埋め尽くされている新聞を読んでいる彼女の顔を見れば一目瞭然だった。

 だから復興の真っ最中である星都の現状を見せてしまっては、きっとセドナは心を痛めてしまう――そう思って、私は今まで彼女を外へ連れだそうとはしなかった。

 けどいつまでも家に閉じこもっているわけにはいかない。

 それにセドナにも、自分の故郷を好きになって欲しい。

 今日は外で用事が出来たこともあって、丁度よい機会だと思った。

 なので午後までにさり気なく誘おうと思っていたのに、何気なく口にしてしまった『午前中は』で感づかれてしまった。普段は『午前中、何をしようか?』と訊くからいつもと違うことに気づいたのだ。

 セドナは物事に関して少し鈍いところがあるけれど、こういうところは意外と鋭いようだ。それは子供のころには気づかなかったこと。

 出会って十年、まだ知らないことがあるっていうのは何だか嬉しいものだ。


「どうかした……?」


 食事を続けていたセドナが、上目使いで視線を上げた。

 問われて、食事の手を止めてセドナを見つめていたことに気づく。


「ううん。セドナとデート、楽しみだなって思ってただけ」

「でっ」


 セドナが驚いて言葉を詰まらす。

 顔をほんのり赤くしながら、視線を泳がしているその反応が可愛くて、私は笑った。



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