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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――日課


 空には青空が広がっていた。

 上空には大昔の大戦の傷跡である光環こうかんが鮮明に現われている。

 もともと星王国せいおうこくは雨期以外、あまり雨が降らない土地だ。それでも、光環がここまで見えるほどの光環快晴は滅多にお目にかかれない。これだけでも珍しいことなのに、戦争終結以降は毎日こんな感じだ。

 戦争の後半は曇りの日も多かったらしいから、その反動なのだろうか。

 それとも、神様の気持ちが天候に反映してるのだろうか。

 私たちが住んでいるこの星は星教せいきょうで信仰する二神のうちの一神、星緑神しょうりょくじんの身体だと言われている。そして星緑神は星の心なのだと。

 星緑神は歌を愛する慈愛の女神で、争いを好まない。だから人々が争う姿を見て、心を痛めていてもおかしくはない。

 それならば連日の快晴を見るに、神様は喜んでいるのだろうか。

 争いが終わったことを、私たちと同じように安心しているのだろうか――。

 

 光環を見ながらそんなことを思っていると、シュッ、という空を斬る音が耳に届いた。

 空から視線を下ろすと、視界に別宅の外壁と剣を振るセドナの姿が映る。

 セドナは今、剣術の型を行なっている。

 それを私は、外庭のベンチに座って見守っていた。

 毎朝の鍛錬は、セドナの子供のころからの日課だ。

 私はバルゼア家に泊まっていたとき、毎朝それを見るのが好きだった。

 一生懸命に木剣を振るうセドナの姿を見ていると、元気を貰えたから。

 そして年々、そんなセドナを見ている内に、そこまで彼女を夢中にさせる騎士への興味が強くなっていった。彼女が憧れる騎士という世界を、私も見てみたいと思うようになった。

 でも身体が弱い自分が騎士になるなど、到底、無理だと諦めてもいた。

 そんな私にセドナは、なれる、と言ってくれた。

 それは話の流れで、彼女は私が騎士に興味を持っていることなど知らない上での発言だったけれど、でもその一言だけで私はその気になってしまった。

 そして結果として騎士になってしまったのだから、私も存外、単純だ。

 でも、そういうものじゃないかなとも思う。

 好きな人の言葉は、誰よりも何よりも影響力が大きいものなのだから――。


 セドナは黙々と真剣に剣を振るっている。

 その動きは綺麗で無駄がなく、見ていて飽きない。

 彼女がここに来て日課を再開したのは、つい三日前のことだ。

 それを勧めたのは私で、身体を動かしたほうが心身にいいのではないかと考えてのことだった。

 セドナは最初、気が進まなそうな顔をしていた。再び剣を握ることに対して迷いがあったのだろう。彼女は先の戦争で、騎士というものに絶望してしまっていたから。騎士として人の命を守るためではなく、奪うための戦争に参加してしまったことを悔やんでいるから。

 それでも基本的に断れない性格のセドナは、私に勧められるがままに鍛錬をすることにした。迷いが浮かんだ顔で、自分の剣を手に取り構えた。すると、途端に彼女の顔つきは変わった。先ほどまでの迷いが嘘のように、昔と同じく、真摯な態度で剣と向き合っていた。

 それを見て、私は思った。

 やっぱりセドナは剣が好きなのだと。

 そして騎士であることを、彼女は捨て切れていないのだと。

 こうして戦前まで続いていたらしいセドナの日課は復活した。

 それを側で見守る私の日課も。

 気が散るようなら中にいるとは伝えたけど、セドナが『大丈夫』と言ってくれたのでその言葉に甘えている。

 

 しばらくして、セドナは一通りの型を終えるとこちらに歩いてきた。

 預かっていた鞘を渡すと、彼女は「ありがとう」と言って剣を鞘に納めてから、右隣に座った。


「どうにもなまってる……」


 セドナはため息をついて、そう言った。

 二ヶ月以上も捕虜生活をしていたのだから、仕方の無いことだと思うけど。でも自分から見たら全然そのようには見えない。


「私は綺麗だと思うけど」


 そう率直に伝えるも、セドナは納得がいかないように小さく首を振る。


「型の切り替えが引っかかる。あと間合いの感覚が掴めない」


 型はともかく、間合いについては私にも理解できた。

 間合いとは自分と相手の獲物の長さを理解し、どれだけ踏み込めば相手に届くか、どれだけ引けば相手の攻撃をかわせるか、ということをいう。武術を嗜むものは大抵、これを訓練や実践で身に付けるのだけれど、長いことそのことから離れてしまうと感覚が鈍ってしまう。

 その感覚を取り戻すには、相手がいるのが一番だ。


「私が相手できたらいいんだけどね」


 だから何気なくそう口にしてしまって、すぐに後悔をした。セドナの表情が曇ったからだ。

 セドナは左手を伸ばすと、私の右手の平に重ねた。私は彼女の手を握ろうとするも、親指が少し動いただけで止まってしまう。


 私は怪我の後遺症で、自分で指を曲げることが出来なくなっていた。


 治療魔法というものは本来――治療士の腕にもよるけれど――損傷した肉体を再生することができるものだ。だけど治療が遅れれば遅れるほど、死に近づいた身体は治療魔法に反応しなくなり、たとえ肉体が再生されても機能までの回復が難しくなる。

 私の場合は右手がそうだった。ペンなど軽いものなら指を固定して持つことはできるけれど、重いものに関しては力を入れることができないので持つことはできない。

 つまりはもう、剣を握ることも振るうこともできない。

 それでもほとんど死んでいた私が、右手だけで済んだのは非常に幸運なことだった。本当なら目が覚めない可能性のほうが高かったし、たとえ覚めたとしても寝たきりになっていてもおかしくはなかったのだから。

 セドナは顔を歪めると、私の右手を強く握ってきた。


「私が君も騎士になれるなんて言ってしまったから」


 確かに彼女の言う通り、私はその言葉で騎士を目指そうと思った。でもそれは。


「自分で決めたの。貴女と同じ世界を見たかったから」

「その結果がこれじゃないか」


 今度は右肩に手を添えてきた。衣類の下の傷跡に触れるように。


「これは貴女を守った証。名誉ある傷なのよ」


 私はセドナの右こめかみに触れる。横髪の下には、昔、自分を守ってくれた時に負った傷跡がまだちゃんと残っている。


「釣り合わないよ」

「想いの強さは同じよ」


 このこめかみの傷跡は、私を守ってくれた証だ。

 そして自分の肩と腕の傷跡も、彼女を守った証。

 そこに、傷自体の大きさなんて関係ない。

 大事なのは今ここにセドナがいることだ。

 その結果、二度と剣が握れなくても後悔はない。

 セドナはまだ申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 彼女が簡単に割り切れない性格なのは分かっている。

 だからこういうときは、私が場の雰囲気を明るくするしかない。


「そもそもセドナは命拾いしたわよ」


 私は立ち上がってから、セドナを見下ろした。


「私、貴女が遊びにきたら、負かせて驚かそうと思ってたんだから」


 セドナは目を丸くすると、思い出したように言った。


「もしかして、それが、とびきりのお土産?」


 最後に書いた手紙の内容を覚えていてくれたことに、私は嬉しくなる。


「えぇ。私、結構強かったんだから。そんな私にケチョンケチョンに負けて、悔しい思いをしなくてよかったわね」


 手を腰に当てて凄みを利かせる私を見て、今回は流石に冗談と気づいてくれたのか、セドナは小さく笑みを漏らした。


 セドナは昔のように大きく笑わなくなった。

 言葉の響きも時より軍人らしさが感じられ、性格も大人しくなった気がする。

 それは彼女が大人になったから、というのもあるのだろうけど、それ以上にこの戦争が彼女を変えてしまったのではないかと私は思っている。

 セドナはこの戦争で大きなものを失った。

 祖国に家族。そして騎士としての誇り――。

 これらを失った喪失感は計り知れないだろうし、簡単に埋められるものでもないだろう。

 それでも少しずつだけど、再会したころより表情が柔らかくなってきている気がする。

 もしここでの生活が、私との日々が、彼女に安らぎを与えられているのならば、これ以上に嬉しいことはない。



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