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騎士物語  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1527年――穏やかな朝


 沈んでいた意識の中に、小鳥のさえずりが入り込んできた。

 小鳥たちがお喋りする声に誘われ、眠りの底にあった意識が浮上する。

 瞼を開けると、カーテン越しに差し込んできた緩やかな朝日と、彼女の顔が視界に入ってきた。

 彼女――セドナの瞼はまだ閉じている。

 こちらを向いて、小さな寝息を立てている。

 起きているときは端正な顔立ちも、寝ている時はまるで幼子のように無防備で可愛い。

 子供のころに何度か一緒に寝たことがあるけれど、その時から寝顔は変わらない。

 私はセドナを起こさないように、そっと上体を起こす。そして無意識に手を使おうとして、左手に引っ張られるような重みを感じた。

 左手に視線を落とすと、そこには、セドナと繋がれた手が見える。

 彼女の左手は、私の左手を逃がさないように、ぎゅっ、と強く握っている。

 その必死さに、心配しなくてもどこにもいかないのに、と私は優しく思う。


 セドナがシャルテ家の別宅であり、昏睡状態の私が二ヶ月間、過ごしたここに住むようになってから二週間余りが経っていた。


 最初は別々の部屋で寝ていた私たちも、今ではこうして一緒に寝ている。

 私としては最初からこうしたい気持ちはあった。でも再会したセドナが見るからに心身共に消耗していたのと、監視された生活を二ヶ月も続けた彼女には一人の時間も必要だと思い、私はそれを言うのを我慢した。積もりに積もった聞きたいことや話したいことも、彼女の体調が回復してからにしようと思っていた。

 でも数日たっても、セドナの様子は変わらなかった。

 再会時から作っていた目もとのクマは一向に消えず、顔色も青白く疲労が滲んでいる。見る限りでは、少しずつでも体調が回復しているような気配は微塵も感じられない。

 それでも今の彼女には時間が必要なのだと考えていた私は、心配する気持ちを抑えて待った。けどこれが一週間も続くと流石に黙って見ていられなくなり、ある朝一番に彼女を問い詰めていた。

 セドナは私の勢いに押される形で『最後の尋問のあとから夢見が悪く眠りが浅い』とだけ話してくれた。

 夢の内容については聞かなくても想像がついた。

 セドナは毎朝必ず、私の顔を見ては安堵したような表情を浮かべていたから。


 一人にさせるほうが駄目だった――そう遅からず気づいた私は、セドナと一緒に寝ることにした。

 寝るときに手を握ろうと言い出したのも私だった。子供のころに暗い場所を怖がった私にしてくれたように、こうすればきっとセドナも安心してくれると思ったから。

 セドナは最初、手を握る行為が恥ずかしいのか、落ち着かない様子でなかなか眠ってはくれなかった。彼女が眠るまで起きていてあげようと思っていた私のほうが、先に寝落ちしてしまうことが多かった。

 でも数日経った頃には大分慣れてきたのか、セドナが先に眠ることが多くなり、起きているときは遠慮がちに握り返している手も、寝てるときには強く握り返してくれるようになった。

 それは睡眠時の無意識下での行動なのだろうけど、だからこそ私は嬉しかった。

 心の中では私を求めてくれているのを、必要としてくれているのを、実感することができたから――。


 私は強く握られた手を握り返すと、セドナの顔を眺めた。

 青白かった顔色も今では大分血色が良くなり、目の下のクマもほとんど消えている。

 この穏やかな寝顔を見ていると、いつまでも寝かせておいてあげたくなる。でも残念なことにセドナから、私が先に起きたら起こしてと言われている。

 名残惜しさを感じながらも、声をかけた。


「セドナ」


 私の声に反応するように、眉がピクリと動いた。

 瞼が重たそうに上がり、薄青の瞳が現われる。


「……あさ……?」

「うん。朝よ。おはよう。セドナ」

「……おはよう、エル」


 彼女は上体を起こそうとして握っていた手に気づくと「あ……ごめん」と、恥ずかしそうに零して手を離した。一緒に寝るようになってからの、毎朝お決まりの台詞。

 いつもは笑って返すところだけど、今日は違うことを言ってみることにした。


「そこはありがとうって言わなきゃ。この私の左手を独占できたのだから」

「え……と、ありが、とう?」


 困惑しながらも、セドナは素直にそう口にする。


「どういたしまして」


 彼女は状況を把握しきれていない様子で、寝起きで重そうな瞼をぱちくりしている。

 まだ覚めきっていない意識では、私の高尚な冗談は通じなかったらしい。

 寝起きのセドナも可愛いなあと思いつつ、私は両手を合わせて言った。


「さ、日課をこなさなきゃ」



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