大陸暦1527年――25 奇跡
「何か隠しているとは思っていたけれどーまさかエルデーン・シャルテが生きているなんてねー。キミも人が悪いなぁ。そもそもさーそれ隠す必要性あったー? どうせあれでしょー? キミのことだからー不確定要素を気軽に人に言い触らすべきではないとか考えたんでしょー? 生きるか死ぬか分からないからーいらない希望を持たせないようにって配慮したんでしょー? だからってわたしにもそれ隠すー? だいたいキミはわたしが人に喋ると思ったのー? こう見えて口は堅いんだよー? そもそも最初から幼馴染みだって教えてくれたらーほんと早い話だったんだからねー。キミの頭がかちこちのせいでーちょう忙しい中へんに悩んじゃったでしょー。いやそんなには悩んでないけどさぁ」
不機嫌そうに次々と不満をまき散らす友人の小言を、レイチェルは黙って耐えていた。
セドナが解放された翌日、レイチェルは遅くながらエルデーンが目覚めたことをラウネに伝えるべく、中央監獄棟に訪れていた。
隠しごとをしていたことを、ラウネにあれこれ言われることは予想していたが、案の定これだ。
黙っていた理由は、ラウネが口にした通りだった。
あの現場に辿り着いたとき、エルデーンは殆ど死んでいた。
セドナが死んだと勘違いするぐらいには、彼女はもう死んでいたのだ。
わずかに息があると気づいたのは、生気なく佇むセドナをエルデーンの側から引き離し、五隊の本陣に連行させたあとだった。レイチェルは急いで治療士を呼んだ。
治療士は最初、エルデーンを見て首を横に振って言った。死の淵に足を踏み入れている魂を繋ぎ止めても、目覚める可能性は低い。ならばこのまま苦しませず逝かせてやったほうが彼女のためだと。
治療士の言うことは正しかった。
生命活動を活発にさせる治療魔法は痛みを伴うものだ。助かる助からないに関わらず、この選択はエルデーンを苦しませることになる。けれどレイチェルは、彼女をこのまま死なせるわけにはいかないと思った。先ほどのセドナの思い返し、エルデーンは彼女のために生きなければならないと。だからわずかな可能性に縋り治療を指示した。
治療士の懸命な治療のお陰で、エルデーンは一命を取り留めた。
けれど治療士が危惧した通り、彼女は目を覚まさなかった。
通常、昏睡状態に陥った人間は緩やかに星命力が失われ、眠るように死に至る。そして一ヶ月その状態が続くなら、もう目覚める可能性はほぼない。
エルデーンはその状態になって二ヶ月以上が経っていた。
そう、本来は起きる見込みなどなかったのだ。
彼女が目覚めたのは、丁度レイチェルが見舞いに訪れた、セドナが解放される前日だった。
……本当に、奇跡としか言いようがない。
「それにしてもー死んだと思っていた幼馴染みが生きていたなんてー実に感動的じゃないかぁ」
ラウネは両手を広げ、大げさに言った。その言葉の端々に棘を感じる。
「そう怒るなよ」
「まさかぁ、怒ってないよ」
「今回の件はお前のお陰だ。本当に助かった」
「助かったのならーどうするのかなぁ」
執務椅子に座ったまま、ラウネはこちらを上目遣いで覗き込んできた。
やはりこうなるのか、とレイチェルは内心ため息をついた。
今回の件に関しては、確かに全面的にこちらに非がある。それは認める。しかしだからと言って、ラウネの思い通りになるのも何だか腑に落ちない。
しかしラウネを拗ねたままにさせておくと、困ることが出てくるのもまた事実だった。
ラウネには、その頭脳を頼りに他部隊から協力依頼が来ることがあった。
その内容は猟奇殺人などの未解決事件のものが多く、ラウネはこれまで幾度となく事件を解決に導いてきた。だから今では、ラウネをその手のご意見番として頼りにするものも少なくない。
けれどラウネは気まぐれ屋だ。これまで協力してくれていたからといって、次もそうとは限らない。気が進まなかったり機嫌を損ねると、これまで築き上げた関係などお構いなしに平気で拒絶してくる。
だから彼女が拗ねて非協力的になると、周囲が困る。それはラウネの奇特な友人ということで仲介役にさせられている自分も同じだ。いや同じどころか間に挟まれている自分が一番、損害を被る気がする。
つまりラウネが拗ねると、自分が一番困る。
知りたくもない結論に至って、レイチェルは落胆した。
そして腹を決める。
――あぁもう仕方が無い。
ラウネの機嫌を直すにはこれしかない。
「……何でもする」
不本意ながらそう口にすると、瞬く間にラウネの顔がぱぁと輝いた。
そして何とも憎たらしい笑顔で、聞き返してくる。
「えー? なになにー? 聞こえなかったなぁー?」
聞こえてるだろ。完全に聞こえてるだろ。
レイチェルは舌打ちしたい気持ちを抑え、吐き捨てるように再度言った。
「何でもすると言ったんだ」
「それなら機嫌直そうかなぁ」
「やっぱり怒ってたんじゃないか」
「怒ってないよぉ。上機嫌だよぉ。レイレイが嫌がることをできるんだもんー」
何でも、はラウネにとって人が嫌がること以外にはない。
これまで頼みごとする度にそうだった。
折角、今回はうまくかわしていたというのに、結局これだ。
レイチェルは諦念を感じながらも、今まで思ってた疑問を口にしてみた。
「毎度思うが、私が嫌がること以外にしたいことはないのか」
「ないよ」ラウネは間髪いれず即答した。
こういうときだけ歯切れがいいのが何だか腹ただしい。
だいたい尋問のときに普通に喋れるのなら普段も普通に喋れ、とレイチェルはいつも思っているが口には出さなかった。あんまり言うとあとが怖い。
「性格が悪いな」
ほかに言葉が思いつかないので、レイチェルはとりあえずそう言っておいた。
普通の人には悪口になる言葉も、ラウネにはそうではない。
レイチェルの言葉を受け、彼女は本当に嬉しそうな顔をすると、
「それがわたしの長所だよぉ?」
と言って、得意げに笑いかけてきた。
レイチェルは大きく息を吐くと、諦めたかのように言った。
「知ってる」




