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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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49/72

大陸暦1527年――20 祈り


 レイチェルが尋問室から出ると、すぐ側の壁には並ぶようにしてケインとマルルが立っていた。

 二人は軽く礼をするとこちらを見た。その顔にはやりきれないという思いがありありと浮かんでおり、マルルに至っては目尻に涙も浮かべている。尋問室内の会話は、通路でも鉄扉の側にいれば小窓から聞くことができるので、二人も全てを聞いていたのだろう。

 重苦しい空気の中、レイチェルが二人に声をかけるべきか迷っていると、背中から場の空気を読まない緩い声が投げかけられた。


「お待たせーホルホル連れてっていいよー」


 振り返るとレイチェルの身体から顔を覗かせるように、ラウネが自分の身体を斜めにしている。

 指示を受けたマルルは「……はい」と見るからに元気なく返事をすると、目もとを拭ってから尋問室へと入っていった。


「調書はわたしが書くよー」次にラウネはケインにそう告げた。


 ケインは「了解しました……」と力なく返事をすると、礼をしてから背を向けて歩いていった。その背中には心なしか哀愁を感じる。

 二人の様子を見て、ラウネは愉快そうにくっくっくと笑うと、


「まったくーみんなみーんな人間なんだからー」


 そう言って、自分の部屋へと戻るべく歩き出した。

 いつもなら「お前も人間だろ」と突っ込むところだが、流石のレイチェルも今はその元気がない。だから大人しくラウネの後に続く。

 少しの沈黙のあと、前を向いたままラウネが口を開いた。


「レイレイもーそんなそそるような顔をしないのー」


 指摘され、レイチェルはここで初めて自分が顔を歪ませてることに気がついた。


「これがキミの望みでしょー。彼女の傷をぐりぐりぐりーと掘り起こしてまでー死にたがってる人間を生かすことがー」


 ラウネの言うことは間違っていない。

 レイチェルは部下であったエルデーンの友人を救ってやりたかった。

 戦前に自分の補佐をしていたエルデーンは、よく帝国にいる友人のことを話題に出した。帝国の騎士であることも、零黒れいこく騎士団に配属されていることも、自分が騎士になっていることは友人にはまだ内緒だということも、そのほかにもいろいろなことを、彼女は嬉しそうに話してくれた。

 だからこそレイチェルはあの現場に着いたとき、彼女がエルデーンが話していた友人なのだと気づいてしまった。

 あのときは、こんな運命の悪戯があるものか、と流石に神に問いただしたかった。


 セドナが捕虜であったエルデーンの殺害疑惑にかけられていると知ったのは、彼女を星都せいとに移送して星都襲撃が落ち着いたあとだった。それは状況から見れば、極自然のことだった。

 戦時中の捕虜の殺害は大陸法により死罪だ。

 けれどレイチェルは心配していなかった。セドナが無実であれば自分で証明するだろうと思っていたし、レイチェル自身も彼女は無実だと考えていたからだ。

 しかしレイチェルの予想に反し、セドナは何も語らなかった。

 その理由は、ラウネから聞いて納得した。

 レイチェルにはセドナの気持ちが痛いほどよく分かった。

 大切なものを目の前で失う気持ちも、自分の存在を消したくなる気持ちも。

 そしてそういう人間の心は、多少のことでは動かないことも知っていた。

 だからレイチェルはラウネを頼った。

 彼女の尋問がどういうものか知った上で、頼らざる得なかった。

 それがたとえセドナの心の傷を開くことになろうとも、もう彼女の無実を証明できるのはラウネしかいなかったから。


「調書にはーセドナ・バルゼアはエルデーン・シャルテを殺してはいないって書くよー」ラウネは言った。


 それは願ってもないことだが。


「供述が取れていないのにいいのか?」


 セドナの態度は、見たものからしたら自供したも同然だった。だが供述というものは元来、本人が口頭で述べたうえで取れたと判断するものだ。

 心配するレイチェルをよそに、ラウネは軽い調子で答えた。


「大丈夫大丈夫ー」

「しかし神の御名にも誓ってはいない」


 ここ星王国せいおうこくでは重要な事柄を述べるときには必ず、神の御名に誓わなければならない。それは神には嘘偽りを述べないという星教せいきょうの教えに基づいている。

 前を歩いていたラウネは立ち止まると、くるりとこちらに向き直った。


「レイレイ知ってるー? 帝国ってのはねー神信仰ではなく祖先信仰なんだー。その中でも最も偉大な存在として崇拝されているのが帝国を建国した建国帝でーそして最も尊き血を受け継ぐものとしてー現皇帝も共に崇拝対象とされてるー。つまり皇帝は神のような存在なのー。だから星教せいきょうも広まらないんだろうねぇ。

 でねー帝国騎士の誓いの中にはねー『家名にかけて皇帝陛下に嘘偽りを述べない』って文言があるんだー。そうだねーここでは神に誓うことを帝国では皇帝に誓いうんだねぇ。そしてその皇帝に対してーセドナ・バルゼアはエルデーン・シャルテを殺したと誓うことができなかったー。だから殺してないって誓ったようなもんなんだよー。

 あーでもねー勘違いしないで欲しいんだけどー彼女は皇帝に対して嘘が言えなかったわけじゃないんだー。嘘を述べない誓いに対して嘘をつくことが出来なかったんだー。いくら嘘がつけない性質でもねー嘘がつけないわけじゃないからねぇ。だから追い詰められたら嘘の一つはつくだろうなぁと思ってたんだぁ。性質はその人に科せられた枷ではあるけど絶対ではないからー。でも嘘の上塗りは流石にできなかったねぇ。しかもそれが嘘をつかないという誓いに対してならなおさらー」


 長々と饒舌にラウネは語ったが、ようはセドナはエルデーンを殺したと言ったが、そのことを帝国では神のような存在であり、嘘偽りを述べないと誓った相手でもある皇帝に誓うことは出来なかった。それは殺していないと自供したのと同じだ、ということだ。

 それがここでまかり通るのかは知らないが、そこはラウネのことだ。彼女なら上手く書くことだろう。


「でも流石に可哀想だったよねぇ。ほんと助けるためとはいえーキミは酷いことをしたよー酷いなぁキミはー」


 こちらに意地悪げな笑みを向けながら、尋問した張本人がそう言った。


「……そうだな」レイチェルはそれを粛々と受け止める。


 尋問したのはラウネだが、させたのは自分だ。

 相手の意思を蔑ろにして、死にたがっている人間を助けたのは自分だ。

 それが自分勝手な行為だということは理解していたし、立場からして本来はここまで口を出すべきではないことも分かっていた。けれどセドナが処刑されるのを、黙って見過ごすことはできなかった。

 話したこともない相手に、ここまで気持ちを傾けるのは自分でもおかしな話だと思う。けれど他人事のようにはどうしても思えなかった。それはきっと自分たちの間にいる、エルデーンの存在がそうさせているのだろう。

 エルデーンはセドナの話をするとき、本当に優しい顔をしていた。

 彼女を大切に思っていることが伝わった。

 それは自分にも覚えがあることだった。

 自分は遠い昔にそれを失ってしまったけれど、エルデーンのそれはまだ存在している。彼女の大切なものはここにいる。ならば代わりに守ってやりたいと思った。救ってやりたいと思った。それはエルデーンも望むことだろうから。


「そういう素直なところーキミの可愛いところだねぇ」神妙な気持ちでいるレイチェルを見て、ラウネはさも楽しそうに言った。「まぁまぁ元気だしなよーふーらふーらしてた意識を結果的には戻ってこさせることができたんだからぁ。まぁ現実のほうが彼女にとっては地獄かもしれないけどねぇ」


助け船を出して船底に穴を開けるな、とレイチェルは思ったが、これはラウネなりの励ましかただということを知っていたので、有難く気持ちは受け取っておくことにした。……まぁまったく励まされないが。


「これで無事に彼女は戦争が終わったら無罪放免だねーよかったねー。あ、上官殺しに関しては知らないよぉ? あちらのことだからー」


 あぁ、と返事をし、レイチェルは通路の窓から空を見た。

 今日の天気は、戦争で沈んでいた星都せいとから暗雲を払うかのような、久方ぶりの快晴だった。空には雲一つなく、上空には大昔の大戦の傷跡である光環こうかんが目視できるぐらいにくっきりと浮かんでいる。

 レイチェルは光環を見上げた。

 そして思い出す。光環がよく見える日は、神に祈りが届きやすい、願いが叶いやすいと言われていることを。

 それは昔からあるらしい、言わば噂や迷信と呼ばれる類いのものだった。もちろん何の確証もなく根拠もない。だからまともに信じている人をレイチェルは見たことがない。そしてレイチェル自身もこの噂を信じていないし、それどころか良い印象すらも抱いてはいなかった。

 いったい誰がこんなことを考え出したのだ。祈りというのは毎日行なうから届くものなのだ。天候で届く届かないを決められたらかなわない――そうレイチェルは思っていた。

 けれどレイチェルは知った――戦争中に思い知らされた。

 人は困難に直面したとき、重大な選択に迫られたとき、わずかでも可能性があるほうに賭けたくなることを。

 それは祈りの噂も同じだ、とレイチェルは気づいた。

 この噂の元になった人は、きっと聞いてほしかったのだ。

 神にどうしても自分の声を聞いてほしかったから、叶えてほしい願いがあったから、だからそんな不確定で可能性があるように感じる噂が生み出されたのだ。そして今なお噂が消えずに残っているのは、いつの時代もそれに縋る人が存在するからだと。

 まさに今の自分のように。

 信じたくなったから信じるだなんて、本当に都合がいい話だと思う。

 けれど今回に関しては許してほしいとレイチェルは思った。自分は毎日欠かさず祈りを捧げているし、これまでも信徒として恥じない行動して生きてきたつもりだ。

 ならば一度ぐらい身の丈に合わないことを願ったって、迷信を信じたって罰は当たらないだろう。


 だからレイチェルは祈った。

 わずかでも可能性がある今、神に願った。


 どうか戦争が早く終わりますように。


 そして、全てがうまく収まりますように、と――。



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